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書籍紹介『[中学校]通級指導教室担当の仕事スキル』

『[中学校]通級指導教室担当の仕事スキル(川崎 聡大/三富 貴子)』 という本の紹介です。


中学生の子どもたちへの関わり方

僕自身は現在、知的障がいの特別支援学校中学部に勤務しています。支援学校と通級指導教室、もちろん違う部分はたくさんありますが、多感な思春期の子どもたちへの配慮や、将来のためにその子が自分自身のことを知る機会や自分で選択していく機会の設定など、三富先生の関わり方は僕自身が大切にしていることと重なる部分がたくさんあり、勝手に共感しています笑。

ここからはそんな共感した部分を紹介させていただきます。

子どもたち1人ひとりの学びのカルテ

三富先生は個別の教育支援計画や個別の指導計画に基づいて、生徒たちが自分に合った学びを具現化するツールとして「学びのカルテ」の作成に取り組まれています。

「学びのカルテ」は生徒たち自らが作成します。そのために、まず生徒たちは自分の得意な部分、苦手な部分や特性を知っていきます。そして、自分の特性に合わせて学習するため、提出物やノート、テストなどで必要になる支援、教材などの合理的配慮を「学びのカルテ」に書き込んでいくのです。

小学校と中学校では学校のシステムが大きく変わります。教科担任制になり、担任以外の先生による授業の方が多くなります。提出物のワークのページ数は全教科で200ページを超えるそうです。単元ごとのテストではなく定期テストでは、広い範囲を振り返る必要があります。職場体験学習や音楽会など様々なスキルが求められる行事もあります。

「学びのカルテ」は前後期ごとに修正されます。学校生活や学び、行事について、目標が達成できたか、今後どうしていくかを、本人の意思を優先しながら、時間をかけて丁寧に話を聞いていくのです。その内容は担任や教科担当とも共有します。

必要な合理的配慮は何もなく提供されるとは限りません。中学校卒業後の進路先で、生徒たちが「学びのカルテ」を使って、自分の気持ちや考えをはっきりと相手に主張できるように…生徒主体の学びのカルテには三富先生のそんな願いがこめられています。

教材の紹介

学びのカルテとリンクする、自分に合った学習方法もたくさん紹介されていました。

本の中で紹介されているイラスト付き漢字練習プリントなどのオリジナル教材は、熊谷市立富士見中学校のホームページ(特別支援教育>通級指導教室>PDF資料)に掲載されています。

(画像は熊谷市立富士見中学校より)

同じく気持ちや体の状態を言葉にして伝えるのをサポートするツールとして紹介されていたストレスコップや調子を伝えるカードは、NPO法人ぷるすあるはさんから無料でダウンロードできます。

(画像はNPO法人ぷるすあるはより)

それ以外にも、モールで作った指でなぞる漢字部首カード、1行ずつ写す硬筆の見本(右利き用と左利き用の2種類)、書き初めのなぞりラミネート教材、通級方式やイメージイラストを使った正負の数計算、プリント1枚に1式のみの一次関数グラフ、片手で使えるくるんパス、接頭語ヒントがついたプリント、視覚的にイメージをもつ歴史4コマ漫画、作業手順を書き出した理科の実験プリントと作業工程を丁寧に解説するパフォーマンスビデオ、デジカメを活用した自画像や風景画、無理しないらすこおリスト、自分の4コマトリセツ漫画、気持ちを落ち着けるマイフェイバリットブックコミック会話、ソーシャルストーリー、会話の相槌の打ち方プリントなどが紹介されています。

子どもたちが自分で選択するという視点

理科のアイデア教材スキルとして紹介されていたのがガイド付きプリントです。

教科の先生が作るプリントで、問題用紙の裏面に、解き方のヒントやガイドが付いていて、手順通りに解いていけば正解に辿り着くようになっているものです。それに加えて通級担当もより丁寧なガイド付きプリントを作成します。

その取り組みで印象に残ったのは、①自力でする、②理科担当の作った教材を活用する、③通級担当が使った教材を活用するのどれにするのかを
生徒たちが自分で選択するというところです。

文字が読めなかったり、理解できなかったりとみんなはできているのに自分だけ取り残されている状況で苦しんでいる生徒たちはたくさんいます。

一方で、わからないことが周りに知られたくない
恥ずかしいという生徒たちも多くいます。
思春期であればなおさらで、先生がよかれと思ってそばに近寄るのも目立つので嫌だという子もいます。

そんな本人の状況と、きもちを踏まえた上で、「生徒たちが支援の有無を決めてよいのです」「自分のペースで学んでいい」という三富先生の言葉にとっても共感します。

少しずつ支援を減らす、自分でできるための関わり方

以前、別の記事で徐々に支援の手を減らしていくフェーディングについて書きました。

本では受験に向けての通級指導教室の丁寧な取り組みも説明されています。高校進学ガイダンスについての話しで、高校合格はゴールではなく新たな「スタート」ですという言葉が印象に残ります。

将来に向けて自分に必要な支援や配慮を振り返り、自分で伝えていく力が求められます。

1年間のまとめとして学びのカルテを見直し、配慮して欲しいことや支援方法、高校進学を書き加えていきます。

 学びのカルテを使って様々な支援の交渉をしてきた生徒たちですが「学びのカルテを持ち帰りますか?」と聞くと、約半数の生徒は「いいえ」と答えます。「自分で担任の先生に話すので大丈夫です」とのことです。不安な生徒たちは持ち帰り、高校の先生に見せて交渉するようです。

高校での通級も広がりつつありますが、まだまたま通級のない高校が大半です。その状況の中で約半数の生徒が自分自身で交渉すると答えるのは本当にすごいなぁと思います。

それはきっと三富先生をはじめ通級の先生方の支援を受けて、「こうすればできる」や「こう説明しればわかってもらえた」という経験を積んできたからなのでしょう。

僕自身も特別支援学校中学部で子どもたちに関わりながら、少しずつ自分の得意や不得意、それに対してどうしていったらいいのかを学んだり、どうするのかを本人が選択する機会を重ねています。そんな中で、自分のことや必要な支援や配慮を自分から伝える力をつけてもらえたらなぁと思い、日々試行錯誤しています。

手を離していくことはなにもしないこととイコールではありません。子どもたちが自信をもって発信するためには、それだけのものを重ねていく必要があるのです。本を読んでいてそんなことを考えました。

周りを巻き込んで連携する

通級指導教室や特別支援学級では、現学級の担任はもちろん、中学校になると各教科の先生方との連携も必要不可欠になります。

(画像は特別支援教育のトビラより)

本の中では、英語の教科書が読めず、ペアの相手に迷惑をかけてしまうからと保健室に行った通級の子のケースでは、カタカナ英語だと発音が悪くなると教科書ルビ振りに否定的な英語科の先生と通級担当が何度も話し合い、根気強く指導法を検討されたエピソードが紹介されていました。

通級だけでルビ付き教科書をつくってしまうのは簡単なのでしょうが、ルビ付きで読めるようになったその先、英語の授業でのことを考えると三富先生のようにきちんと教科担当と話しておくことって大事だなぁと読んでいて再確認します。

合唱での特製楽譜作りの際には、音楽科の先生からいただいた口形イラストを入れたエピソードでも、技能科の授業は教科担当の連携が大切と書かれていました。

餅は餅屋ではないですが、教科の先生方に相談することで専門的な視点からのアイデアをいただけることも多いですよね。

通級での支援は通級を利用している子だけが受ける、使えるものではないはずです。後で紹介する三富先生のXのポストを見ていると、学校の全ての生徒をサポートすべく、そして校内のいろいろを繋ぐハブとして動かれている様子が伺えます。

まとめ

校種は違えど、同じ思春期の子どもたちに関わる立場としてとても参考になった本でした。

高校受験やその先の大学受験、就職において必要な合理的配慮は自動で貰えるものではありません。自らが求めていかなければいけないのです。

子どもたちが自分の得意不得意や特性を知り、どんな支援や配慮が必要なのかを試行錯誤して振り返り、自ら伝えて行くためのツールとして「学びのカルテ」はとても参考になります。

実際に中学校で受けた合理的配慮が、高校受験時や高校での合理的配慮を求めるときの基準に、高校時代で受けた合理的配慮が、大学受験や大学での合理的配慮を求めるときの基準になります。

大学入学共通テスト時にも診断書と共に高校での合理低配慮の実績が求められます。

学びのカルテは、中学校のその先の合理的配慮へと繋がっているのです。

また全ては紹介できませんが、三富先生のきめ細かい行事や学習、テスト、自分探しなどの取り組みはそんな学びのカルテや合理的配慮の具体例を考えていくのにとても役立つはずです。

ぜひ読んでほしいおすすめの本です。

今回紹介したのは中学校版ですが、山下公司先生による小学校版もあります。

また三富先生は日々の取り組みや子どもたちのことをXでも発信されています。三富先生…というか、ゆず姉先生の思いがたくさん伝わってきますので、そちらもぜひ覗いてみてください。



表紙の画像はAmazon.co.jpより引用した本の表紙です。