日本に於ける芸術・文化とは

新型コロナウイルス。果たして2ヶ月前にコイツが世界をこんなに変えてしまうとは、誰が予想していただろう。かく言う僕も全然予想していなかった。子供達は学校に行けず、あらゆるイベントが「自粛」に追い込まれている。当初は、自粛止むなし、だったが、すでにその程度は限界点を突破した。自粛とは、自己責任でイベントをやらない、と言う選択をすることだ。しかし、今の政府は「自粛」「自粛」と連呼し、全てを自己責任に押し付けようとしている。夜間の外出も自粛、地方から首都圏への移動も自粛。つまり禁止や規制ではない。それで何が起きても政府は「それ見たことか」で終われるわけだ。飲食店、子供達、スポーツ、そして芸術。あらゆるジャンルがこの「自粛」と言う言葉に苦しめられている。

翻って、ドイツ政府は、「アーティストは必要不可欠で生命維持に必要不可欠」と語り、大規模な支援を発表している。かたや日本では税制で優遇する、と言うなんだそりゃ政策を打ち出した。牛肉券や魚介券と同じだ。日本の文化レベルは、低い、と言わざるを得ないのではないか。

日本には世界に誇れる伝統文化、伝統芸能がたくさんあるのは認める。しかし、ポップカルチャーになると途端に「ガラパゴス化」するのだ。「クールジャパン」と看板を掲げたものの、特定のジャンルや特定の作品だけがピンポイントで人気を得ているだけではないのか。これは日常でポップカルチャーを享受している人たちの意識にも、問題があると個人的には思っている。

実は、自分が以前関わっていたラジオ番組が今日、3月31日で終了を迎えた。丸6年続いた中で、自分は4年、携わった。この番組は、いわゆる「今のヒット曲」ではなく、DJ、ディレクター、プロデューサーが「いい!」と感じる曲、アーティストを紹介していく番組だった。3時間、音楽がメインだ。これは自分のアンテナも試される。そんなフィールドに立った時、自分が感じる「いい音楽」の幅が一気に広がったのだ。これはDJの2人の影響によるところが大きい。かたやパンク、ロック、オルタナ、エレクトロがすきなDJがいれば、もう一人はオールディーズ、EDM、HIP HOP、POPS、ロックとこちらも幅広い。そんな2人が、「あの曲もあったよね!」「あのアーティスト懐かしいよね!」「こんなアーティスト、出てきたよ」と、それぞれのアンテナに引っかかった音楽を持ってくる。それに負けじと、自分もいい音楽をぶつけていく。DJが「誰これ?かっこいいね!」と言ってくれた瞬間が最高に気持ちイイのだ。

もちろんリスナーに響くことが一番大事だが、ラジオをやる上で一番大事なポイントの一つは「作り手が楽しむこと」だと思っている。音楽に関していえば、「作り手がイイ!と思える音楽」と言うのが大事なのである。その番組は自分で言うのもなんだが、圧倒的な個性を持つことができたと思っている。5年目を前にして、自分が会社を辞めたことで番組を離れざるを得ない状況になってしまったのは、残念だった。

しかしだ。その番組は、リスナーに愛され、ゲストで出てくれたアーティストにも愛されていた。なのに終了した。理由は、お金だ。奇しくも、今日、新潟のFM PORTと名古屋のRADIO NEOが、閉局することを発表したが、日本のラジオ局が置かれた状況は非常に厳しい。もちろんそれを分かっていないわけじゃない。でも、ラジオって、根本はなに?と考えれば考えるほど、「音楽」に行き着くと自分は考えている。だからこそかかる音楽も日本のメインストリームに対してオルタナティヴな存在だった番組が終わることに違和感しかないのだ。

それでいいのか?大きなFM局でかかっている音楽なんて、実際大差なくないか?本当にいいなと思える音楽はそこでかかっているのか?そんなモヤモヤを抱えながら、今日は3時間の番組の最後の日を聞いていた。いつかまた、あんな番組ができるといいな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?