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全体最適社で会おう

物事が上手くいき始めた時は、何かの指標や数字を持ち出さなくても、歯車が噛み合って、風で帆を膨らませた船がどんどん前に進んでいくような高揚感というか、すがすがしさというか、感覚的にわかるものだと思っている。

例えば、プロジェクト進行の途中で、具体的にはシステム開発の一局面で、それまで不便で仕方なかったフレームワークの決まり事が、こちらの理解が上回ったせいか、フレームワークが「効く」機能の実装に差し掛かったせいか、見事に噛み合い始めて、想定よりも作業が進んで、みるみるバックログが消化される。チームメンバーも目の輝きを取り戻して、みたいことは、3年に1度ぐらいはあったりするから、「滞留していた物事が、上手くいきだす」という感覚を、自分は体験しているし、実際に存在するものだと思っている。

ただ、それをビジネス(ここでは単に「金儲け」みたいな意味で捉えてほしい)で感じたことが一度もない。本当にない。


数字としては、前期より粗利率が向上したね、とか、四半期ベースの売り上げは去年と比べても悪くないね、みたいなことは、ある。

そう言われた時に、肉体的な感覚(たいていは疲労している)と結果とを無理矢理結びつけて「頑張った甲斐があったなあ」と考えればいいのかもしれないけど、その時までに蓄積した徒労感や燃え尽きた同僚を失った喪失感が強すぎて、だいたいは醒めた気持ちしか残ってない。そうですか、それでボーナスはいくらになるんですか?ああ5万ほど増えましたね。一昨年は10万減りましたから、ちょっと戻ってきましたね。よかったです。

何しろプロジェクトは全然上手くいってないし、何なら例年よりクソな進行だったりするし、出来上がりも散々だったりするから、それで良くなったと言われても「はあ」としか言いようがない。逆にやっぱり集計が間違っていて、全部逆ザヤでした。明日会社潰れます、と言われても、「そうなんだ」と別に不思議にも思わない。

世の中が良くなっていれば、あるいは自分が良い職場なり環境に移動すれば、いつかどこかで、毎年毎年、ちょっとずつ自分が拡張していくのと同じように会社も拡張していって、上手くいって、どんどん儲かってきて、オフィスが手狭になったので、次は一等地のあのビルに引っ越しかな?みたいな、そういう場所に巡り会えるだろう、と漠然と考えてきたけど、20年たってもさっぱり見つからないし、何だったら身近な範囲でそんな景気のいい話を聞いたこともない(当方、大阪在住)のだから、この仮定が間違っているのか、私の認知が狂っているのか、たまたま運が悪いだけなのか。

いずれにせよ、ビジネスはいつも、自分とは全く関係のないところで、上手くいったり、いかなかったりを繰り返している。年度末は疲れている。徒労感と喪失感だけには裏切られたことがない。


そういう時間を生きているから、何か現場の変化を起こそうとしている人の話を聞いて、そんなことしても何も良くならないんじゃないの?と思うことが多い。

  • 組織を変更して、フラットなチーム制にします。

  • 社内でマーケティングの勉強会をやります。参加必須です(業務時間外)

  • HRコンサルの指示に従って、今年から目標管理をしてみよう。

  • 東京ドームで、全社運動会ってのはどうだろう?

これらの施策がマッチする部署やチームもどこかにいるのかもしれないけど、少なくとも私たちではないことは確かだった。どう連想しても、こちらから出している要望に対応していないからだ。

開発現場からの要望は毎年ずっと同じで、人が足りないから新人でもなんでもいいから人を増やしてほしい、と、営業は相談もなしに安請け合いをしないでほしい、と、発言の機会が1回しかない2時間の会議にエンジニアを呼ばないでほしい、だ。
これらの要望は否定されることも肯定されることもなく、永遠に棚上げされているので、この前掃除したら退職者の置いていった涼宮ハルヒのフィギュアが出てきた。懐かしいね~

ただまあ、そういう現場の言うことにイチイチ対応すべきではない、というのも理解はできる。それより大事なことがある、というのも、きっと経営者が言うならそうなんだろう、と思う。
だから、別に施策自体に反対はしない。上手くいくといいね、と心から思っている。
実際、この手の「現場が理解できない施策」を実行した組織が、それに反発する人たちを退職に追い込んだ後も、そこそこ企業として安定することも多く見る。

だから今になって思えば、ああいうよくわからない施策の数々は礼儀正しい生存競争というやつだったんだろう、という感想を持っている。ちゃんとしたものを作りたいとか、責任をもってサービスを提供したいとか、そういう一見、善良に見える拘りに固執する私たちを、正面からではなく、やんわりと否定して、ビジネスの要請にマッチした拘りのないメンバーに差し替えるといった形での淘汰。
実際にモノを作るのはベトナムに外注したっていいし、地方にでも投げてマイルド地方IT貴族にやってもらってもいいわけで、私たちがいなければならない、ということは特にないのだ。

より良いビジネスとは、実際に手を動かす必要のないビジネスであって、うまく手を動かすことではない、といかにもスマートで、慶大ビジネス研部員がバーで口ずさみそうなフレーズに要約することもできる。

ものづくり立国ニッポンの国民としては、直感に反する、ちょっとした義憤さえ呼び起こすような、こういう判断のほうが過去30年、常に例外なく正しかったのだ。まあそれならそうと、はっきりとそう言って欲しかったというのはあるんだけども。


話が逸れた。

そういう現実に対する愚痴はさておき、テーマは「ドライブ感」だ。Next.jsで波紋がアニメーションするボタンを描く代わりに、東京ドームで運動会を開いてビジネスを「ドライブ」している側から見えている光景とはどんな風なんだろう、という素朴な話だ。

想像してみよう。

プッチンプリンの工場があって、SAPによってデータが吸い上げられ、例えばプッチンプリンの容器を何mmまで小さくすることができるかがわかるようになったとして、年収600万円のSAPエンジニアが作ってくれたダッシュボードを操作して、経営者である私は画面のスライダーを左に動かしていく。68.0g、67.5g、67.2g、66.0g、減らしすぎたせいか、スライダーが赤くなるから、ちょっと右に戻す。67.0g。これで良し。元レースクイーンの秘書とランチに出かける。いつも結局ここになっちゃうなあ、と馴染みの寿司屋の暖簾をくぐってランチから帰ってくると、ダッシュボードのキャッシュフローの数字がちょっとずつ増えている。

プッチンプリン工場で働いている私は、朝礼で通達のあったとおり、少しばかり小さくなった容器にプリンを充填している。包装し、段ボールに詰め込み、出荷する。その後のことはわからない。昼休みが終わるとすぐに総務から内線があって、今月から介護保険料が増えて手取りが減ることを伝えられる。

こういう感じだとすると、私たちの人生にドライブ感が皆無な理由は納得できそうな気がする。私たちの生―――デスマーチやリスキリングやNISAや誰も使わないチャットボットやその他諸々は、全体最適化の神への供物となったのであって、というかそもそも最初から私たちが所有しているものではなかったわけで、私たちが持っているものは、忙しさとリボ払い残高と淘汰への恐怖であって、この悪夢が続く限り、世界は順調に回り、私たちではない誰かの子孫たちに受け継がれていく、ということなのだ。

なるほど確かに困難はあります。しかし大丈夫です。我々は必ずそれに打ち勝ちます。あ、いや、あなたのことではなく、人類の話ですが。


だから何度も言うように、せめて神社を、神社を作ってそこに合祀してもらうわけにはいかないだろうか?
全体最適化の神を祀る神社。年に一度総理や、スーツコスプレした集団が参拝し、後の時代に奇妙な経緯で竹中平蔵が合祀されて揉めたりする。

21世紀、国難に殉じた魂は皆ここで眠る。全体最適社で会おう