2005年のWeb2.0

「Web2.0って何?」
彼女は煙草を灰皿に押し付けると、ためらうこともなく言った。
僕は大きな決断をする時にいつもそうするように、大きく息を吸い込んで--そして言った。
「わからない」
「そう」
と言って、さっき自分で入れたばかりのコーヒーを口に運んだ。
彼女が失望を感じていないらしいことに安心しながら、やがて彼女が最初から僕の答えなどに期待していない、という事実に思いあたった僕は、やや憤慨しながら言った。
「じゃあ、わかるの?」
「わからない」
彼女の答えには迷いがなかった。僕は焦った。

「Web2.0がどんなものかは説明できるかもしれないけど」
言い訳がましくなることはわかっていた。それでもWeb2.0をめぐるブログのエントリなどは大抵流し読み程度はしているのだ、もしかしたら概観ぐらいは説明できるかもしれない。
彼女の静かな視線が僕に向けられるのがわかった。僕はできるだけそれを意識しないようにしながら、言った

「まずティム・オライリーのWeb2.0のマップ図だね」
僕はノートパソコンでfirefoxを立ち上げるとLiveBookmark機能ではてなブックマークのRSSを呼び出して、ページにアクセスした。

http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=8638

「Web2.0と一口に言っても色々な要素があってね、例えばフォークソノミーとか、AJAXとかロングテールとか。。」
「それが上のほうにある7つの円の中に書いてあるわけね」
モニタを見つめる彼女の視線が僕からそれたことに安堵しながら、僕は得意げにうなづいた
「そう、例えば
フォークソノミー(Folksonomy)っていうのははてなブックマークのタグ機能みたいに情報をユーザー自身が分類できる機能のこと、
AJAXはAsynchronous Javascript And XMLの略で、まあJavaScriptの機能を使ってブラウザ上でも使いやすいユーザーインターフェースのアプリケーションが構築できる機能。」
淀みなく喋りながら僕は少しずつ自信を回復していく。彼女の視線はモニタに向けられたままだ。
「ロングテールは、売上が恐竜の長い尻尾(long tail)みたいに、少なくなりながらも長く続く現象のことで、ブログサイトにあるGoogle Adsenseみたいな広告、プロモーションモデルを用いればこういう戦略もなりたつ、、っていう意味かな?」
言いながら僕の頭はやや混乱する。喋りながら物を考えるタイプの僕がWeb2.0を語る時は、いつもこのあたりで思考の袋小路に陥るのだ、つまり----
「で、Web2.0って何なの?」
思考の限界という暗い壁が目の前に立ちふさがっている横で、彼女がつぶやいた。
僕はWeb2.0について書かれたブログエントリに素早く目を走らせながら言った。
「えっと、こういうサービスとかアプリケーションをつないでいけば、Webのプラットフォーム化が達成できて・・
つまり・・」
彼女はほんの少しだけ僕が結論を出すのを待つそぶりをした。けれどそれが親切心でそうしたにすぎないことは、彼女がすぐさまコーヒーカップを手にとったことでわかってしまった。

「未来なわけね。これがあなた達の言う未来」
呆れたように彼女は言う。
僕は取り返しのつかない失敗をしてしまった後のような気分になって必死に言葉を探してみた。だが、彼女の言葉に勝るものはなかった。

彼女がコーヒーを飲んでしまう間、僕はWeb2.0の祝福をうけた人々の顔を想像してみた。JavaScriptの忘れられた機能を掘り起こした人々、画像アップローダにタグ機能をつけた人々、販売データをデータマイニングして顧客別にお勧め商品を表示できるようにした人々。彼らが立っているその丘は、朝日を浴びて、まるで黄金でできているかのように光り輝いていた。丘はアルファブロガー達でいっぱいで、彼らは口々にこう叫んでいた「未来はここにある!みんな俺達の後に続け!」
丘を遠く眺める暗い荒野でその様子を見ていた僕は、僕のWebアプリケーションがWeb2.0だったらどんなにいいだろう、と思った。今はPHPとMySQLで出来た冴えないWebアプリケーションだけど、これがWeb2.0なら、きっとアルファブロガー達がこぞってアカウントを作ってくれるだろう、無数のソーシャルブックマーカー達が--あの美しいタグ--[web2.0]を競うようにつけてくれるのだろう。1,2年もすれば日経新聞にも載るかもしれない。

うっとりと想像に身を委ねていた僕が気が付くと彼女はノートパソコンを勝手に操作して、ソーシャルブックマークを辿って、あるサイトに行き着いた

http://www.web2ornot.com/

僕はこのサイトのことを覚えていた。「Web2.0かどうかを判定するサイト」とかいう触れ込みでブロガー達の間で一時話題になったものだ。
「これ、おもしろいね。このサイトはどれぐらいWeb2.0か?だって」
http://yummy.printfu.org/1.0/home
彼女は被虐的な笑みを浮かべて言った。僕は彼女のこういう表情はあまり好きではなかった。
「うーんどうかなあ。」
僕は考えながらサイトを見て回った。
「Social PDF Linkingというからには、ソーシャルブックマークサービスなんだろうね。ああ右にタグがでているね。タグがつけられるからまあ・・」
「5ぐらい?」
「うーん6ぐらいでもいいかも。でも他にも機能があるかもしれないし。。」
考えあぐねている僕を置いて、彼女はさっさとfirefoxの検索窓に何かを打ち込み、ほとんど迷うことなく表示された検索結果の一番上をクリックした。
「このサイトは?」
http://www1.interq.or.jp/suepet/
自動リンク集じゃないか、言いかけて僕は、はたと口ごもる。タグは、、、タグ機能はない。アカウントも作れない。ソーシャルブックマークですらない。僕はほっとして言った
「Web2.0じゃないよ」
「そう」
コーヒーを飲み干した彼女はカップを流しに運ぶために立ち上がった。テーブルには僕だけが残った。