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手書きアニメと3DCGの融合について

こんにちは、映像作家で小説家の榊正宗です。今期は作画アニメと、フル3Dアニメに参加しております。放送も終盤になってきましたが、まだまだ作業は続いてますよ(涙)

さて、今日の文章はあくまで一般論です。今期のお仕事から直接拝借してきたテーマではございません。仕事でも使う知識ですが、案件特有の話ではありません。

特別な技術でもありませんし、アニメに携わる人間は全員が知っておくべき基礎知識です。

今期作画メインのアニメの中の3Dのお仕事と、フル3Dのアニメをやっているので、より強く感じるのですが「手書きと3Dってどこまでいっても、完全に同じにはならないよね」と言うのは昔から感じてはいました。しかし、歩み寄る努力を放棄するのは良くないと思ったので、この記事を書くことしました。

■モデリングの段階から、手書きと3Dの乖離は、始まっている。

まず、手描きと3Dを合わせる必要がある現場において、わたしがいつも口を酸っぱくして言ってるのは、モデリングは遠近感のあるパースビューに下絵を置いてやろうということです。

上記のようなtogetterまとめを過去に作ったことがありました。これに対して一部の3Dクリエイターから反論があったようです(涙)。反論する人間がどう考えてるかは知りませんが、反論に対して、間違いを是正するために今回の記事を書きました。皆さんも、どっちが正しいか疑問を感じてる人はぜひこの文章を最後まで読んでみて下さい。

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こちらの画像を御覧ください。左は正面から見た立方体の下絵です。立方体の下をトレースしてモデリングすることは無いと思いますが、わかりやすいので敢えて作りました。

この下絵はもともと3Dで直方体をレンダリングして作ったもので、パースは正確です。

右はそれを正確にトレースして出来た3Dモデルです。同じ直方体になるはずが、へんな形になっちゃってますよね。

流石にこの作例をみて、「この右のモデルが素晴らしい!」っていう人はいませんよね!

なんでこんなことになってしまったのでしょう!

理由は、左側の画面が平行投影(パースのないカメラモード)のカメラになっており、その背景にパースのついた下絵を配置して、それをトレースしてしまったからです。

そうです。平行投影でパースのついた画をトレースしたら、絶対におかしくなるんです。

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ちなみに、今回、直方体をトレースするという方法で、おかしくなることを証明しましたが、キャラデザの場合は間違いに気が付かないまま作業をすすめてしまうことがあります。

キャラデザの場合なら、足元のズレをみれば、下絵にパースがあるかは、ある程度判別がつきます。(ただし、これは、下絵がしっかりとしたデッサンがとれていればという前提です)

絵かきは自然にパースのついた絵を書くものです。なので、絵描きさんにもらったキャラデザを下絵にモデリングするならば、平行投影ではなく、透視投影(パースあり)でモデリングすべきなのです。

この原則に対して、あとで、背景を別にすればいいとか、顔を潰して、顔だけパースなしにすればいいというのは極めて特殊な対応であって、モデリング時は、下絵をよく見て画角を探り出し、それにあわせてパースありでモデリングすべきなのです。

最近は下絵を正面図ではなく斜めからみた絵を使うケースもあります!この場合、さすがに平行投影ではあわせられないですよね?

もちろん、パースのない下絵用のキャラデザを描いてもらうというのも、まったく無しではありません。下絵にパースがなければ、カメラ状態でモデリングする必要は確かにありません。

ですが!それって、アニメ業界では、まず無理なんです!

アニメのキャラデザに、パースなしというデザインは、存在しないのです。もっといえば、画角別キャラデザ表なんてみたことありません。カットによって画角を変えることはありますが、デザインとしては、画角の違いを示した図は存在しません。もちろん、画角なしの絵は、デザイン画としては存在しませんが、演出でレンズの効果がある場合はアニメーターさんが実写を参考にいい感じで歪ませてます。

アニメの演出や作画にレンズの概念がないのではなく、アニメのデザイン画に複数レンズの作例が無いのです。

なので、画角のない平行投影のキャラデザを、アニメーターさんは、あまりうまく書けません(涙)。書こうと思えば書けるかもしれませんが、書き慣れていなのいで時間がかかってしまいます。

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上記は3Dでの画角の違いを比較したものです。これだけ変わるんですよ。アニメの設定画は作品によっては一般に公開されていますが、こんな二種類の絵を準備してるアニメ設定画を見たことありませんよね?

つまり、3D側がモデリング時に画角を推測して組み立てる必要があるのです。

■3Dレイアウトをするときのカメラ操作の注意点と三点透視図法にならないコツ

最近、アニメの現場では3Dレイアウトが増えてきました。しかし、3Dレイアウトは、作画にあわせた画面をつくる知識がないと、トラブルの原因にもなってしまいます。ここでは、作画とあわせやすい3Dレイアウトのカメラ技法をご紹介します。

手描きにあわせた3Dが必要になるアニメの現場で、もし、Blenderを使うのであれば、カメラのX回転を90度、Y回転を0に固定(ロック)しておくのがオススメです。

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実際にこの値をロックしてカメラを動かしてみて下さい。Y軸もロックしているのは、なぜかカメラを動かすと、ほんの少しだけロール回転が入ることがあるからです。ロールについては今回は書きませんが、ロールも不自然な画を生み出すので、原則使用禁止です。(応用ではありです)

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まず抑えておきたいポイントですが、現実のカメラは手描きの絵と違って、カメラの中心にしか水平線がありません。

カメラをティルト……つまり上下の首振りにすると、実写でも水平線の位置を移動させられますが、作画と合わせる3Dでこれをやると3点透視図法になってしまいます。

3点透視図法というのは、カメラ特有の歪みを生み出します。

あなた自身が、いま見ている視界で、自分の首をカメラのようにティルト(上下に首をふること)してみてください。現実の視界はフレームが存在しないという部分も違いますが、縦のパース変化はカメラのように発生しませんよね。これは視覚の投影面が平面ではないのと、三半規管の情報を元に脳内のジャイロみたいな機構が視覚から入る映像を補正しているためです。(※VRは映像を歪ませてレンズを通すことで擬似的に視界を再現しているので、縦のパース変化が少なく現実の視界に似ています)

「3Dってなんか歪むよね~」っていうのは、実写のカメラと同じ原理なのです。

そして、実写カメラや3D特有の歪みは、ティルトで発生しているということをおさえておきましょう。

■小津映画はティルトを使わない

昭和を代表する映画監督である小津安二郎監督は徹底して、カメラのティルトを使わなかったそうです。

わたしの推測ですが、この時代の監督さんは、カメラがまだ一般的では無かった時代に監督になったために、現実とカメラの違いを不自然に感じて、「現実と同じように見える映画」を撮ろうとされたのではないかと思います。

それにしても、小津監督のこだわりは凄まじいものです。

TV放送が普及してカメラの画面の歪みにみんな慣れて、小型化されたカメラの映像が日常になった現代ではありえないこだわりです。この記事を読んだあとに東京物語あたりを見てみて下さい。実写なのに絵に描いたようなパースの画面づくりに驚くと思います。

なお、小津監督だけでなく、モノクロ時代の監督が残した作品の多くは、自然な構図で画面が安定しています。

テレビの時代になって、映画もテレビ的な表現にひっぱられて、安くて簡単に撮影できるティルトを多用した画作りにかわっていきました。映画の歴史をみるとその変遷は明らかです。見る側もカメラの歪みに慣れてしまったので、撮影コストのかかってしまう小津監督のような映画はだんだん減ってしまいました。

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上記は小津監督作品の1場面です。カメラフレームに対して、障子の格子を見て下さい。小津映画は、全カット縦のパースが一切ありません。恐ろしいほどにきれいに水平垂直が揃った絵になっています。座った構図が多いのは、カメラの水平線が中心にくるという性質を逆手に取ったのだと思います。

ちなみに、「小津映画すげぇ!」と言いながらも、実は一般的な手描きのアニメは普通に同じような絵作りになっています。「手描きアニメすげえじゃん!」って言うわけではなく、なぜそうなってるかというと、2点透視図法は書くのが面倒だからです(笑)カメラではむずかしい2点透視図法が手描きだと逆に、簡単なんですね。

この原理的な違いが、アニメ現場の3Dレイアウトでは重要な意味を持ってきます。

■3点透視図法をBlenderで使わない方法

3点透視図法は実写でも安っぽく見えます。安いテレビドラマはこのあたりのカメラの使い方がテキトーです。予算の無いテレビドラマなどでは、小型カメラで撮っていることも多く、カメラをしっかり水平に固定して撮っていないので、ティルトされた歪んだ構図が多くなってしまうのです。

3Dでもティルトを防げば、不自然な絵は減ります。ただし、注意点があります。ある機能を使わないと手描きのパースに比べてレイアウトに制限が出てしまうのです。先程のロックしたカメラを動かしてみてください、俯瞰やアオリができないことに気がつくと思います。これでは流石に演出が出来ません。

この問題を解決するために3Dソフトでは縦のパースを消しつつレイアウトを調整できる機能が実装されています。3dsMAXだと建築パースソフトと同じカメラモディファイアを使いますが、Blenderではシフト、MAYAではカメラオフセットという機能を使用します。

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BlenderではカメラプロパティのなかにシフトのX,Yというパラメーターがあります。先程の水平線(アイレベル)を、シフトYをつかって上に移動しました。

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アイレベルはキャラの目線にくることが多いので、カメラの中心に固定されると、画面の上が空いてしまいます。

シフト機能でアイレベルを上に移動するだけで、ぐっと手描きっぽいレイアウトになりますよね。

ちなみに現実のカメラのアイレベルは中心にしかないと言いましたが、このシフトレンズは、現実にも存在していて、ビルの撮影なんかに使われます。

http://www.ビデオカメラレンタル.net/old/2014/06/tse-24mm-35l.html

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↑このカメラの原理とBlenderのシフトパラメーターは全く同じものです。

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カメラの投影面を垂直に保ったまま、移動させることで縦に長い絵を撮影できるのです。そうです!縦に長い画面から、トリミングするのとシフトレンズを使うのはまったく同じことなんです。

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ロックした状態でカメラを移動することで2点透視図法の構図も簡単に再現出来ます。実際にやってみると、なるほど~と実感出来ると思います。

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シフトレンズを駆使すれば、ティルトしなくても俯瞰もアオリも出来ます。しかも、俯瞰もアオリも、ティルトにくらべて歪みがありません!

よく言われるレンズを望遠にすれば、歪みが消えるっていうのは、嘘ではありません。やってみるとたしかに画面の歪みは軽減されます。ですが、実は、歪みはティルトで発生していたのです!ティルトしなければ、広角レンズでもそれほど歪みが出ません。

この基礎を理解せずに、顔だけパースを潰せばいいとか安易に小手先のテクニックに走るのはどうかと思います。デザインによってはその手法は有効ではありますが、基礎はティルトしないことが重要なのです!

とは言うものの、最近の手描きアニメでは、写真レイアウトが使われることも増えて、俯瞰やアオリでは3点透視図法になることが多くなりました。アニメの写真レイアウトは参考用のロケハン写真をそのまま原図として利用するやり方です。ロケハンの写真は、先程紹介したシフトカメラなんかで撮影することはありませんし、参考用の素材レベルでしか撮影されていませんから、しっかりカメラを水平に固定して撮影するような手間をかけていません。なので、安っぽい3点透視図法なってしまうことが多いのです。しかし、手描きアニメでは、歪んでしまったレイアウトでも、キャラの顔に嘘をついて、歪みを消しているので、なんとかギリギリ成立しているのが実情なのです。

むしろ、安易にカメラをティルトしてしまっている、フル3Dアニメのほうが歪みが出てしまってるケースが多いですね。

3点透視図法の写真レイアウトが氾濫してしまっているアニメ業界ですが、3点透視図法が駄目だってのは、これは書きやすさだけの問題ではなく、人間が見ている視界は、比較的2点透視図法に近いということは、もっと広く知られるべきだと思います。

「写真をトレスするだけだから、書きにくい3点透視図法が楽にかけるぜ!」って安易に思わないでほしいです!

現実の視界に近い、小津映画のような美しい安定したレイアウトを意識してほしいのです。CGだけでなく演出家の方も、このあたりはしっかり理解してほしいと思いました。

アニメの現場で、3Dレイアウトを使う場合は、特別な理由がない場合は、カメラを水平にしてシフトレンズを使った2点透視図法を使うことを意識してほしいと思います!

この知識ですが、意外に3DCGのベテランでも知らないケースがあるので、宜しければこの記事を拡散してくださると嬉しいです。現場で説明が難しい場合はわたしの記事を読んでもらて下さい。

安易に、顔を平面化すればいいとか、背景のレンズを別にすればいいというテクニックは、まず基礎をきちんと実践してから、応用としてやるようにしてほしいのです。顔の平面化は、嘘パースをつくるための応用テクニックです。レイアウトを作る場合は、まず、原則として、ティルトしないことが基礎です!

お間違いの無いようにお願い致します!

※この文章では、レイアウトという言葉を構図のように使っておりますが、アニメのレイアウトシステムは設計図全般のことで構図だけの事ではありませんのでご注意を。

(おまけ)

頻繁にカメラレイアウトのリテイクが発生する現場ではこちらのアドオンが必須です!

Blender3.0ベータには同梱されていたので、もしかすると今後、標準で入りそうな感じですね。

↑全人類に知ってほしい基礎知識なので拡散よろしくです!


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