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「だが明日は明日ではない」第3ヴァージョン(小説.....?)







奇病のさなか、日本中で舞踏が沈黙している。








 汐美さんの舞踏の、北半身西半身は、深淵の真闇に建ちつくす東京の大学病院の先端から垂れ下がっていた。



汐美さんは 病院を夜の奥底に閉じ込めた ✥(つぶやきが聴こえる........薔薇の香り油の楼閣のなかで、俺は眠る)
汐美さんは 病院の庭に夜鳴鶯を ✥(...........ナイチンゲールを離した。1987年に汐美さんはツアーでまわったドイツの、行く先ざきのオペラハウス広場で、 めす獅子どうしのまぐわいを八方から絡めとった黒薔薇の蔓をひっぱる小鳥たちを、舞踏のちからで描きつくした。)
汐美さんは 病院に入ってくる救急車の目の前に飛び出た ✥(汐美さんの心の故郷、今は行く事ができないフィンランドで21世紀のいまを生きる小鳥のむれに、奇病と、その騒ぎがうみだす人間たちの怨みから護る、嘴マスクをかぶせてまわった。)
汐美さんは 病院のなかに戻ると
汐美さんは ベッドの利道を抱きかかえた
(汐美さんのうでの中で、利道はうら若い乙女のからだに閉じ込められた)(汐美さんが両腕に抱きしめた振り子時計と、時計のガラス戸のなかに監禁されて、振り子の真下に縛られた「てつ處女しょじょ」との、わいざつな合奏の炸裂に客席の五感が端から端まで狂った。)
(1981年に、汐美さんが初めてフィンランドで踊ったとき、両手で抱える振り子構造のゴシック装飾時計を荷車に積んで各地を移動し、16世紀の伯爵夫人の淫蕩と、20世紀の吟遊詩人の爪いっぱいにいろどった 細密画ミニアチュールとの綯い交ぜからまさぐりだした舞踏が行く先々を仰天させた)
入りたい..........あの時計の中に入りたい、処女のからだで、Shiomiの、なかにふかく潜りこんで、うごかない時間の、無垢なまでの淫蕩さを時計ごと動かしてやりたい、てつ處女しょじょと血まみれになって冥婚めいこんしたいという、客席の妄念の群れをぶあつく混濁させた)
 1980年代の汐美さんは、今よりも遥かに、俗世を超越し、残酷と死の恍惚的饗宴に耽溺していた。バートリ・エルジェーベトの吸血伝説を荘厳な無言歌劇に仕立てた『舞踏劇ものがたり 鐵の處女』で、汐美さんはフィンランドを虜にした。ひとたび舞踏がはじまると、公演によって喚起される、観客を圧倒する、超現実の説得力は途方もなく、凡愛と俗人の尊厳を拒絶してやまぬ、鮮血のばらの領域が果てしもなく広がっていった。舞踏劇は客を、バートリ・エルジェーベトが至上権をふるうゴシック城砦へと投げ込み、凝った木彫りのとびらがまった各部屋の戸口に立った召使めしつかいが瞳のつぶらな少女の姿で、口伝えに、死と残虐の命令が伝達されるのが聴こえる舞踏で、覆い尽くした。『てつ處女しょじょ』の舞踏には、流麗なすがたなど一片もなかった。きれいにつくりすぎる卑しさをかたっぱしから砕く、さながらいわお・・・岩の塊まりが館の天井を喰いやぶって、ステージに落ちてくるのも見えた。舞踏空間のなかで「幽霊時計ゆうれいどけい」と、つぶやく声がきこえたのを覚えている。客席のだれかが云ったのか、私の体の内のはらわたから昇ってきた声なのか。ステージの、中心にむかって織りあげた舞像は、館が建って、百年が経つと棲みつくという、幽霊なのだろうか。
 舞踏劇にはドイツの表現主義映画、ラストでエルジェーベトが鮮血への耽溺を営んだチェイテ城の廃墟の大写しが登場するサイレント映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』の迫力に匹敵する、大胆不敵な場面が横溢した。さながら奇病の微量におびえるあまり、軍隊用の防毒面ガスマスクを何重にもかぶった愚か者が、熟れた時間の城に充ちた、毒の花に、失神手前まで近寄って、肉厚な襞の一枚いちまいに恍惚となっているようだった。
汐美さんは『鐵の處女』の成功を信じて疑わなかった。

 

いわおのいただきの病院の館は、漆黒に凍りついた時間の波でおおいつくされ、時計の針だけが、冷厳にとどろいた。

 





 ✥✥✥✥✥✥✥✥ 沈黙♱♱♱♱♱♱♱♱♱♱♱♱♱♱舞踏 ✥✥✥✥✥✥✥✥






陽はきょうも、いづる。

汐美さんの舞踏の東半身と北半身が、深淵の真闇に建ちつくす東京の大学病院の四隅の先端から垂れ下がっていた。


汐美さんは 利道の両の掌に銀のちいさなどくろをにぎらせた ✥( 髑髏どくろのひたいに彫られたラテン語、RUIT HORA .........「時は流れゆく、だが明日は明日ではない」私は汐美さんの口を借りて、銀の 髑髏どくろに呼びかけた。)

汐美さんは 利道を抱えて病院の塀によじ登った ✥( いわおの頂の輝きが、望みなき煩悩の叫びのように、鋭く、天を裂いた。)
汐美さんは 田んぼの畦道を疾駆するように、
汐美さんは 塀のうえをつっ走った ✥(ちる黒い太陽が、のぼるのを見た」 利道「パニックをいくつ呼んだのだ?」 「いくつ? あなたの悪と同じ数を」利道「バベルの塔に落ちた落雷のような砲声が、塔から撃たれるのだ」「あなたはイタリアではなく、世界の荒廃だ」利道「欲しい 欲しい」「欲しいのなら、さあ、さあ、通り抜けなさい、私の体のなかを、乞食たちと一緒に」)
汐美さんは 汐美さんは・・・・・・
汐美さんは 利道をじめんに大の字に放った ✥(病院は、その周囲の円周に映る猛々たけだけしい山脈や、海岸や、なかば幽体と化した遠洋船とその水夫たちの一群を、明暗のコントラストにし、夜と真昼の炸裂さくれつを描いた。「街は、彼女の子宮の底から立ち昇る雲のような大円蓋に支配され、巨大で無形な疫病が蔓延るように、目に見えない火山灰によって沈鬱に埋葬されていた。ああ、海よ!穏やかな海よ!」

汐美さんは 淫蕩さが血管を駆けめぐった

  
 


 汐美さんは、ダンヌンツィオの小説『いわお處女おとめ』の、岸壁の典雅な庵に憩う三人のおとめの思念と和合した。
 いかなる病気や疾患も寄せ付けぬ三人のおとめは、星占い師の家のような、いわおいただきの楼閣に嵌められた天窓から、星陣の鳥瞰図にこめられた未来を、読み取った。
 

 三人のおとめの眼前に、王子が、血だらけでやってくる。
 地下の牢郭にひろがる、
 人工廃園のそらに吊るされた天球儀のかたちのくろい太陽のかがやきが浮き彫りに充ちた、柱廊が織りなす樹林をあるいてやってきたのだ。
 黒い城郭の内部には、
 いかなる拷問・死のながい絵巻の愛好が巣食っているのか。     
 
 

 私は『巖の處女』を、本もろとも逆さまにして読む。
 天球儀が、地の底から、星雲の大渦をえがく。
 その輝き、狂想の華美を豪奢の絶間ない幻覚によって維持するすがたが、
 王子の、
 香水と血と火薬と死におおわれた、
 豪奢な銀色の肉塊の雌雄同体図を、あらわにした。
 





♱♱♱「だが明日は明日ではない」第3ヴァージョンを、バートリ・エルジェーベト(エルゼベート・バートリ)の文筆絵巻、速瀬れい作『緋色の肖像』に捧ぐ♱♱♱

だが明日は明日ではない180

だが明日は明日ではない9




それでは「第4ヴァージョン」でまた。


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