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Côte d’Azur in 2009 #1

ミャンマーの雑貨を扱うお店で“タナカ”というお香を見つけたのはもう何年も前のこと。
聞けば、ミャンマーでは化粧品として使用されているらしく、美肌を保つために重宝されているとのこと。私は、細いスティックに固められた乳白色のキラキラした粉末を顔にすり込みたくなる思いを抑え、厳かな気持ちで火をつける。
タナカは柔らかく香る。どんな気分もどんな音楽も邪魔しない。落ち込んでいる時も興奮している時も、とにかく何も言わず、スッと、ハチミツ入りの暖かい牛乳を身体の芯に注ぎ入れてくれる感じ。

『庚申塚の坊主の店』
店名がわからず、タナカのお香が置いてある店のことをそう呼んでいた。
言うに事欠いて、私はタナカという名前すらうろ覚えだった。店に赴いては『カトウ』と言ってその在庫を確認する。
しかし、坊主は慣れたものだった。『カトウありますか?』と問うても『タナカですね、ありますよ』と呼応してくれる。
そんな会話を最後に交わしたのも、もう何年も前のこと。

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