オハイオ州 州憲法改正手続きめぐる住民投票で中絶擁護派が勝利 【アメリカ難解ニュース解説】

ニュースを見ていると、けっこう何度もやっているのに何度見ても「分かるようで分からないニュース」というのがあります。

実は背景が極めて複雑で、理解するには懇切丁寧な説明が必要な場合が多いのですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な説明しかされないので、結果“分からないニュース”になってしまいます。特にアメリカのニュースはテンポやノリ重視で作られていることも多いのでなおさらです。

こういうニュースは大抵、分かったところで大半の人には直接関わりのない話で、説明にも理解にも労力が必要な割にリターンが少ないと、いいとこなしなのですが、それにあえて挑みたい物好きが日本人1億2000万人の中に数人くらいはいると信じて、「アメリカ難解ニュース解説」というタグを作りました。私がアメリカで何度見ても分からず複数の記事を物色してようやく概要をつかんだニュースを中心に、順を追ってなるべく分かりやすく伝えて行きたいと思います。

では、今日取り上げるのはこちらのオハイオ州のニュース↓
中絶擁護派が「勝利」 州憲法改正手続きの住民投票―米中西部

オハイオ州で憲法改正手続き変更の賛否問う住民投票 【概要】

リンク記事とかぶりますが主旨としては、オハイオ州で今月8日に州憲法の改正手続きに関する規定を変更するか否かを問う住民投票が行われ、その結果、変更案は否決されたというもの。オハイオ州では、州憲法改正には過半数の賛成票が必要というのが現行のルールのところ、このハードルを上げ必要票数を60パーセントに変更する案が出ていたのですが、結果として今後も「改正の必要票数は過半数」というルールを継続することが決まった形です。

実はこの必要票数引き上げ案を支持していた層は共和党・保守派・妊娠中絶反対派、現状維持の支持層は民主党・リベラル派・中絶擁護派と直接リンクします。

オハイオ州では今年11月の選挙で、とある州憲法改正案の是非を問うことになっています。その改正案というのが「全ての個人は、中絶を含む自身の出産に関する決定を下し実行する権利がある」「州はこれを妨害してはならない」という、個人の権利として中絶を事実上容認する文言を加えるというものです。連邦でも州でも憲法は議会が作った法律よりも優先されるので、州法と州憲法が食い違う場合には、州憲法が優先されます。この改正案を推進したいのがリベラル派、それに対し改正案の可決を阻止したいのが保守派です。阻止する方法として、州憲法改正手続きを難しくする(必要票数を引き上げる)という技を試みたのですが、失敗に終わったというのが、8日の投票の中身です。

そもそもオハイオ州では、妊娠中絶に関する法律がリベラル派と保守派の論争に巻き込まれて行ったり来たりしている状態ということが、この背景にあります。

オハイオ州中絶禁止法の紆余曲折

オハイオ州では2019年4月、妊娠6週以降(正確には胎児の心臓の鼓動が検知できたら)の人工中絶を禁止する州法が成立し、同年7月から施行される予定でした。レイプや近親相姦による望まない妊娠であっても例外を認めないという、全米でも最も厳しいタイプの中絶禁止法でしたが、直前になって、オハイオ州の連邦地裁が「合衆国憲法に違反する可能性がある」ということで、この法律の施行差し止め命令を出しました。高裁での法的手続きが続いている間は、オハイオ州でも中絶を合法的に行えることになり、中絶禁止法は存在するんだけれども効力がない、という状態がしばらく続いていました。

ところが2022年6月、連邦最高裁が過去約50年にわたって「妊娠中絶は全女性の憲法上の権利」と認めてきた「Roe v. Wade裁判」の判例を覆し、「中絶に関する決まりは州が決めること」と判断。要するに、「州レベルで妊娠中絶を合法にするも違法にするも、国としてはノータッチです。あとは州で好きに決めてください」と明確な指針を出したわけです。これを境にテキサス州、フロリダ州など保守色の強い州で中絶禁止法の成立・施行の動きが一気に加速。オハイオ州でも差し止め命令が即日解除され、中絶禁止法は3年越しに施行されました。

ただ、そこはリベラル派の影響力も無視できないオハイオ州。連邦最高裁の判断から約3カ月後の2022年9月、今度は連邦ではなく州の裁判所が、中絶を行う医療機関の訴訟を受けた形で中絶禁止法の一時差し止め命令を出しました。審理は州の高裁、最高裁へと進むことになっていますが、今はまだ結果が出ていません。というわけで2023年8月現在、オハイオ州では妊娠20週までの中絶手術や手続きは合法的に受けることができます。

一応、時系列にまとめると以下のようになります。

2019年4月 妊娠6週以降の人工中絶禁止法が成立
同年7月  施行直前で、オハイオ州連邦地裁が差し止め命令
(この間、6週以降の人工妊娠中絶は合法)
2022年6月 連邦最高裁の判断を受け、オハイオ週の中絶禁止法が即日施行
(この間、6週以降の人工妊娠中絶は違法
同年9月  州の裁判所が差し止め命令。6週以降20週までの中絶が再び合法に
現在に至る

中絶を禁止したい保守派と、中絶の権利を守りたいリベラル派

今のところは中絶はオハイオ州では合法ですが、これもまたいつ覆るか分かりません。スイングステートの代表格ではありますが、どちらかというとオハイオ州は共和党寄りと見られることが多く、州議会の議席で見ても共和党が多数派、州知事のマイク・デワイン氏も共和党です。

そういうわけで中絶擁護のリベラル派が取った対策が、州法よりも優位にある州憲法に中絶を認める条項を盛り込んでしまえば、事実上中絶は合法化されるというものです。7月までに41万3000人の署名を集めれば11月の選挙時に州憲法の改正案を住民投票に問うことが可能でリベラル派はこの条件をクリアしました。今年の11月には、リベラル派が提出した改正案の賛否を住民投票で問い、過半数の賛成票が集まれば州憲法が改正されることになっています。

一方、中絶禁止を支持する保守派にとって、州憲法で中絶を認めてしまってはそれ以上為す術がありません。もちろん過半数の票が集まらなければ改正案は通過しませんが、与野党の勢力が拮抗するスイングステートだけに保守派としては危惧するところ。そこで保守派が頼みの綱としたのが、今回報じられた、州憲法改正手続きの規定変更です。これは、リベラル派の州憲法をテコにする動きを察した共和党多数のオハイオ州議会が5月に「Issue 1」という名前で承認した決議案です。内容は先に述べたとおり、州憲法改正に必要な賛成数を60%に引き上げるなど、簡単に言って改正に至るのをより難しくする条件が盛り込まれています。Issue 1は8月8日の住民投票で賛否が問われたのですが、NBCによると開票率97%時点で反対56.7%、賛成43.3%となり、否決されました。憲法改正にはこれまでどおりの基準が適用されることになり、保守派の思惑は外れ、リベラル派としては過半数の票が必要という従来のハードルはあるものの、憲法改正に向け一歩優位に立った形です。

これが、今回の憲法改正規定の変更を問う投票の結果が、中絶擁護派の勝利、と言われる所以です。

ちなみに、州憲法で中絶権利を守る(or 禁止する)動きはオハイオだけでなく、実は昨年11月の選挙で他の州でも住民投票でその賛否が問われていました。

NBCによると、内容と結果は以下のとおり、平たく言って中絶禁止派の惨敗です。(州:投票内容→結果)

カリフォルニア:憲法で中絶の権利を保証→可決
ケンタッキー:憲法で中絶の権利を否定→否決
ミシガン:憲法で中絶の権利を保証→可決
バーモント:憲法で中絶の権利を保証→可決
カンザス:憲法で中絶の権利を否定→否決(投票は8月に実施)

こう見ると、州法レベルでは中絶禁止という方向に踏み切っても、州憲法で認めないというところまで持っていくことは、保守派にも消極的な人が少なくないということなのでしょうか。

オハイオを制する者が大統領選を制す

今回オハイオ州のニュースがとりわけ注目されたのには、中絶の権利論争はアメリカ最大の関心事の一つで、今年その是非を州レベルで問うのはオハイオだけ、という理由があります。

これに加え、来年の大統領選をにらみ、激戦州とされるオハイオ州の動向が注目されるという背景もあります。バイデン大統領も今回のオハイオ州の投票結果にいち早く民主主義の勝利とコメントを寄せたそうですが、それほど大統領選の鍵を握るイシューだということです。

オハイオを制する者が大統領選を制す、とはよく言われますが、前回2020年の選挙ではトランプ氏が勝利しています。幸い?神話は覆されバイデン氏が勝利しましたが、オハイオ州はバイデン氏にとって、最も油断できない州の一つであることは間違いないでしょうね。

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