お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか?
ドラマでよく聞くあの言葉
ドラマを見ていると、飛行機の飛行中に乗客の1人の体調が悪くなり、キャビンアテンダントが乗客に向かって「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と呼びかけるシーンが登場することがありますね。
私は実際にその場面に遭遇した経験はありませんが、こうしたケースは思ったよりあるようです。
このような場面に遭遇したとき、
「その場で十分な道具がなかったら助けられる自信がない。自分の専門外のケースもある。自分が治療を試みることで病人の状態を悪化させてしまったり、病人を助けることができなくて訴えられたら困る。」
と思う医師も多いようです。
このように思っている医師に対して、そのような心配をする必要は全くない、ということを私は弁護士からご教示いただいたので、そのことについて記事にまとめます。
訴えられて負けることはまずない
「お医者様はいらっしゃいませんか?」と言われて自分が出ていき治療を行なったところ、病人うまく助けられなかった。そこで「どうしてくれるんだ!」と病人あるいは家族から訴えられて不利益を被ることがあるのか?という問いに対してはほとんどの場合において医師が不利益を被ることはないと言えます。
そのことを、「実体法」と「手続法」の観点からお話しします。
医師は実体法で守られる
債権の発生原因は「契約」,「事務管理」,「不当利得」,「不法行為」の4つです。「お医者様はいませんか問題」においては、この中での「事務管理」に焦点があてられて医療過誤による損害賠償請求がなされると思われますがこの「事務管理」において医師は責任を負う必要がないことを確認していきます。
民法697条を引用します。
民法697条
義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下「管理者」という。)は,その事務の性質に従い,最も本人の利益に適合する方法によって,その事務の管理をしなければならない。
民法697条をみると「義務なく他人のために事務の管理を始めた者」とあります。これは倒れた病人を助けようとした医師のことを指しますね。ここで、「最も本人の利益に適合する方法」とあります。医師は病人を助けようとしてその医師が持っている知識と技術を持ってその病人を助けようとした(病人の利益に適合する方法を医師は取ろうとした)わけですから、医師は事務管理違反にあたらないと言えます。
民法698条を引用します
民法698条
管理者は,本人の身体,名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは,悪意又は重大な過失があるのでなければ,これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。
民法698条をみると、「重大な過失」という文言がありますが、この「重大な過失」というのは「故意に病人を殺そうとした」というようなよほど悪意のある行為をとらなければ医師が責任を負うことはまずありません。その場で道具が足りなかった、見落としがあった、そのために助けることができなかった、ということは重大な過失にはあたらない可能性が高いとある弁護士は述べていました。
以上のように「実体法」の観点から考えても「お医者様はいませんか問題」で医師が訴えられて負けることはまずないと言えます。
また、ANA、JALなどの航空会社では医師が事前に登録をしておくと、機内で病人が出た際に登録している医師に声がかかるという制度があります。この制度に登録しておけば万が一訴えられることになっても航空会社からの援助を受けることができるので安心できます。
医師は手続法でも守られる
今まで紹介した実体法については法律に詳しい人やネットに載っている情報からでも思いつくことはできます。今度は「手続法」に着目して医師が「お医者様はいませんか問題」で不利益を被ることはまずないということを説明していきます。
民事訴訟法133条を引用します。
民事訴訟法133条
訴えの提起は,訴状を裁判所に提出してしなければならない。
「訴状を裁判所に提出」とありますが、訴えを起こす人(「お医者様はいませんか?」問題における病人またはその家族)はどこの裁判所に訴状を提出しなければならないのでしょうか?
ここで民事訴訟法4条、138条、103条を引用します。
民事訴訟法第4条
訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属る。 2 人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。
民事訴訟法第138条
訴状は,被告に送達しなければならない。
民事訴訟法第103条
送達は、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所(以下この節において「住所 等」という。)においてする。ただし、法定代理人 に対する送達は、本人の営業所又は事務所においてもすることができる。
上記のように、被告(「お医者様はいませんか問題」における医師)の住所や職場等がわからなければそもそも訴状を送達することができないわけです。訴状が送達できなければ訴えを提起することができず、責任追求も行えません。
飛行機内等で急病人が発生して「お医者様はいらっしゃいませんか?」と言われて出ていき治療を行なった際に、「あなたのお名前と住所を教えてください」とはまず言われません。
また、前述のようにANAやJALで医師としての事前登録を行なった際に自分の氏名、住所等を記載していると思いますが、それらは個人情報保護法によって守られるため、航空会社がそれらをばらすことはありません。
以上のように手続法の観点からも医師が訴えられることは考えにくいです。
安心して積極的に治療を!
以上のように、「お医者様はいらっしゃいませんか?」問題において、「実体法」と「手続法」の両方の観点から医師が訴えられて不利益を被ることはまずありません。
そのため、そのような場面に遭遇した医師は積極的な治療を安心して行なっていただいて大丈夫です。