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【第48回】UKAに未来はあるか-おまけ:Lancet論文について

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり

(Liddle AD, et al. Adverse outcomes after total and unicompartmental knee replacement in 101,330 matched patients: a study of data from the National Joint Registry for England and Wales. Lancet 2014;384:1437-45)

本論文が“If 100 patients receiving TKA received UKA Instead, the result would be around one fewer death and three more reoperations in the first 4 years after surgery”という衝撃的な事実をわれわれに知らしめたことは先に紹介した。

100例TKAの代わりにUKAして3例ぐらい再手術があっても,一人死ぬよりはまし

というメッセージの威力は絶大である。一歩進めて“再手術と死ぬのとどちらを選びますか?”という問いに置き換えて,UKAを推奨するプレゼンさえも存在する。そういう悪い(?)術者もセールスマン(笑)もいるから注意が必要で

しかし,同じ論文に示されているデータから

● UKAの死亡率はTKAの7割程度だし,増加する再手術(侵襲はprimary TKAより大きい)の影響も考えるべきである

という結論も導ける。詳細は後で述べるが,こうなると印象は大きく変わっているのではないだろうか。

私がこの死亡率に関するOxford Groupの主張を聞いたときには,“へー,そうなんや・・・,なるほどそれは道理やな”と感じた記憶がある。しかしこの結論がどんなデータに基づいているか調べることはしなかった。正直言えばわれわれ整形外科医がLancetの論文に(少なくとも細かい数値まで)目を通すことはきわめてまれである。今回はよい機会だと思い,原本を読んで生データに当たってみた。

その結果感じたことを列挙すると

● データは“切り取る範囲”や選択によりさまざまな(ときに反対の)結論を導き出せる
● すべての事象には“コインの裏表”があり,“いいとこ取り”はできない
● 結論だけの安易な“切り抜き”は非常に危険である(But日常茶飯事である)

ということになる。“統計はウソをつかないが,ウソつきは統計を使う”という言葉もあるぐらいで,データの解釈には細心の注意が必要であるという

“ウソには3種類ある。ウソ,見え透いたウソ,そして統計だ。”
by マーク・トウェイン

実際に論文を読んでみよう
本論文の致死率に関するメッセージはNNT(number needed to treat)の値から導かれたものである。NNTとは“絶対リスク減少率の逆数で示される値”で,治療効果を得るのに必要な人数ということになる。イメージしにくいだろうが,効果の大きさの指標であり,NNT=10であれば1人に治療効果を得るために10人に治療する必要があり,NNT=1であれば全員に治療効果が得られるということになる。ここでは何人にTKAの代わりにUKAをすると1人で死亡が防げるか?という視点で解析したものだ。

(Liddle AD, et al. Adverse outcomes after total and unicompartmental knee replacement in 101,330 matched patients: a study of data from the National Joint Registry for England and Wales. Lancet 2014; 384: 1437-45より引用)

それではAbstractにある4年でのNNTをみてみよう。上の表に示すようにその値は再置換率に関しては30.0,死亡率は93.5である。これより

● 「30人でUKAの代わりにTKAをすると1例の再置換が防止できる」
● 「93.5人でTKAの代わりにUKAをすると1人の死亡が防止できる」

ということがいえるので,総合すると“100例手術して3例ぐらい再手術があるとしても,1人死ぬよりはましでしょ!”というメッセージが導かれているのだ。

これ自体は統計値の解釈としては正当なものであり,異論を挟む余地はまったくない。しかし“なぜ術後4年なのか?”という疑問が湧くのは私だけだろうか? 実際4年という期間はわれわれ臨床家が(少なくとも)“死亡率”を考えるときの感覚とは乖離がある。“手術”という一時的な侵襲●●●●●●による死亡率を評価する期間としては長すぎるのである。

ではどのくらいが適当か? と考えると,患者がもし死亡してもそれが術後1年以降であれば自分の責任だとは思わないのではないか(少なくとも私はそう感じる)。さらに患者の死亡に関して強く責任を感じる期間とすれば,3カ月以内というのが常識的ではないだろうか。

そこで術後1年での死亡に関するNNTをみてみると,その値は422であり“4年”での93.5と比べるとはるかに大きい。つまり術後1年では
“420人でTKAの代わりにUKAをすると1人の死亡が防げる”
ということになり,

“420例手術して12例ぐらい再手術があるとしても,1人死ぬよりはましでしょ!”

というメッセージになる。こうなると印象は大分変わってくる。さらにこの死亡率には12例の再手術(多分侵襲はprimary TKAより大きい)による変化は勘案されていないのだ。

次に術者としては強く責任を感じる(と私が思う)術後30日以内のNNTをみてみると543.6まで上昇する。すなわち30日の時点では
「540人でTKAの代わりにUKAをすると1人で死亡が防げる」
すなわち

“540例手術して16例ぐらい再手術があるとしても,1人死ぬよりはましでしょ!”

ということになる。この値は貴方が年間100例TKAを行うとして(かなりのHigh volume surgeon)である。約5年間で1人死亡例を減らせる代わりに約16例再置換術が増えるということになる。こうなるとさらに印象が変わってくるのではないだろうか?

ここまで読んでみて,察しのよい読者であればなぜ論文が“4年”での死亡率に焦点を当てているのかがわかるだろう。要するに“4年での死亡率とrevisionに関するNNTの差が1番大きくなったから”である。もっと直接的な表現をすれば“死亡率とrevisionに関する1番強いメッセージが出せるから”なのである。4年という期間に問題点(違和感)があることは著者らも承知のうえだろうが,そこで最大差にあるのは事実だし,誰もそんなに気にしないだろう(気付かない)ということなのかもしれない。

このようにデータは”切り取る範囲“や選択によりさまざまな(ときに反対の)結論を導き出せるのだ。そして何事も“コインの裏表”があり“いいとこ取り”はできないことがおわかりいただけるだろう。

NNTよる解釈のトリック:“何人減らせるか”より“何人が何人に減ったのか”が大事
もう1つ解釈に際して留意しなければならない点がある。実際はこちらのほうが重要かもしれない。それは本論文がNNTの差,つまり何人TKAの代わりにUKAをすることで1人の死亡例を減らせるか,という介入効果(プラスの差分)のみ評価しているという点である。NNTが元々薬剤の治療効果をみるための指標なのだから,ある意味当然であろう。これを外科手技の変更という背景で使用するのが適切かどうかは私にはわからない。

そんな難しい論議はさておくとしてもNNTばかりみていると“UKAといえどもMortalityがゼロではない”という事実を忘れてしまう。意地の悪い表現をすればその事実から注意をそらすことができる。その意味で“何人減らせるか”ではなく“何人が何人に減ったのか”という数値つまり,実際死亡する患者数を比較してみよう。

(Liddle AD, et al. Adverse outcomes after total and unicompartmental knee replacement in 101,330 matched patients: a study of data from the National Joint Registry for England and Wales. Lancet 2014;384:1437-45より引用)

術後1年でのMortalityを上のグラフおよび表より抜粋すると

TKA:99.22%
UKA:99.47%

である。この解釈に難しい統計学的処理は必要なく

● 1,000人手術すると1年間でTKAでは7.8人,UKAでは5.3人の死亡がある

ということになる。こうなると印象がまったく変わってくる。1年でのでみるとUKAとTKAの差は驚くほど小さくなる。さらにわれわれが臨床家として感じる“Mortality”差に最も近いのはこの値なのである。

最後にもう1度本論文のデータから引き出せる両極端の結論を並べてみる。

● “100例手術して3例ぐらい再手術があるとしても,1人死ぬよりはましでしょ!”
                 V.S.
● “UKAでも死ぬことはTKAの7割以上ある”し,再手術(侵襲はprimary TKAより大きい)による影響も無視できない。

このようにデータは“切り取る範囲”や選択によりさまざまな(ときに反対の)結論を導き出せるということが実感できるだろう。

本論文がUKAの合併症,特に死亡率からみた優位性をビッグデータから示したという意味でとても重要な論文であることは間違いない。そして私はOxford GroupのUKAの普及,教育における貢献には心から賞賛の念を抱いている。そして彼らの死亡率に関する主張は刮目して聞くべきである。たとえば術後30日の時点(で術者としては強く責任を感じる時期である)でのMortalityは

TKA:99.76%
UKA:99.94%

である。すなわち“1,000人手術した場合,30日間でTKAでは2.4人,UKAでは0.6人の死亡がある”ことになる。つまり30日間での死亡率でみればUKAはTKAの1/4であり,これは“死んだら元も子もない”という意味からは非常に重要な数値であることは疑いない。

しかしこれも“何人が何人に減ったのか”という観点からは,年間100例TKAを行う術者が10年間ずっとUKAばかりやれば,1〜2例の死亡を防げるという非常に小さな差であり,再置換率の上昇を勘案すれば,両術式の優劣は少なくとも断定的ではない。

今回私が原本を読んで学んだこと(再認識したこと)を最後にまとめておく。

  • データは“切り取る範囲”や選択によりさまざまな(ときに反対の)結論を導き出せる。

  • すべての事象には“コインの裏表”があり,“いいとこ取り”はできない。

  • 結論だけの安易な“切り抜き”は非常に危険である(そして日常茶飯事である)。

現在ネットを中心として世の中には自分の考えを正当化するための,都合のよい“切り抜き”にあふれている。そしてこのことはわれわれの医療の世界でもまったく同じ状況である。これは非常に憂慮すべき事態だし,われわれも常に心に留めておくべきであろう。実際言葉巧みにデーターを操る,小賢しいプレゼンに苦々しい思いをすることは少なくない。このようにカオスともいえる高度情報化社会における情報の取捨選択の難しさはますます増してきている。これは特に外科手技の習得を目指す若い世代にとっては重大な問題である。これについての私の独断と偏見については別項で触れたので,興味があればそちらを参照していただきたい。


(つづく)


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