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【第31回】正直TKA,未来-1:TKA患者の満足度を「1%」上げる

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり

TKA患者の満足度に関する論議が喧しい。具体的には,“TKA後の患者満足度がTHA後のそれに及ばない”ということを前提として色々な試みがなされている。そして最近は,この“TKA後の満足度が十分でないこと”が学会発表や講演でのお決まりの導入句になっている。こんな風に繰り返し耳にすると無条件に信じてしまいがちだが,実際その根拠はかなり薄弱である(と思う)。私自身は,

① 膝関節と股関節の相違
② 最近のデータから見た現実

の2点から,この前提にはきわめて懐疑的である。すなわち“膝と股関節は違うんだから仕方ないし,そもそもそんなに差はないんじゃないの?”という意見である。

Apple & Orangeとは似て非なるもの(比べてはいけないもの)を比較すること指す。
私はHip & Kneeも同じような関係だと思う。

この“股 vs. 膝”の問題については語りだすと長くなるので別稿に譲るが,TKAの満足度を上昇させるためのアプローチの代表格がアライメントの調整である。具体的には金科玉条のごとく信じられてきたMechanical alignmentから脱却して,患者固有の(naïve,pre-arthritic)アライメントを尊重して,それに回帰しよう,そうすれば軟部組織解離も少なくて済むし,きっと自然な感覚や満足度の向上も得られるだろうという理屈である。

しかしながら,この考え方は,その根本である“THAと比べて”という点からまったく腑に落ちない。THAの対象となる臼蓋形成不全股(DDH)はCE角↓,Sharp角↓,頚部前捻↑といった形態異常を伴うが,それを尊重,温存してインプラントを設置するだろうか? 決してそんなことはしないのである。つまり,臼蓋側では内方化や骨移植をして被覆度の改善に努めるし,頚部の前捻も可及的速やかに矯正する。ずいぶん昔のことだが,著名なTHA surgeonが“理想の手術は術前の悲惨さがわからない,正常股関節にTHAしたように見える手術だ”と言っていたが,それは今も変わらぬ真実であろう。

このことからわかるように,人工関節置換術において目標とすべきは患者固有●●●●の (naïve, pre-arthritic)アライメントではなく,健常人の平均的●●●●●●●アライメントなのである。解剖学的アライメントと言ってもよい。そして,これこそが,大多数が関節症を発症しない●●●●●●●●●●●●●形態なのだ。系統発生学的に人類が四足歩行から脱却して,二足歩行に(すでに)最適化されているか否か?という問題はここではあえて考えないことにしよう。人類がより最適な形態への進化の途中にあるのかも?という論議だが,その答えは多分誰にもわからない。

だから,人工関節置換術における“患者固有のアライメントの再現”というのは,美容整形手術をするのにわざわざ術前の不具合(?)を再現(温存)しようとしているようなものなのだ。これが適切なアナロジーかどうかはさておき,“病気が発生しやすい(そして実際に発生した)形態を再建の目標とする”というのは決して合理的とは言えない。そのことは,われわれ整形外科医に馴染みの深い膝関節周囲の骨切り術を考えてみればよくわかる。骨切り術の根本理念はアライメントを変えて(Mechanical alignment),膝関節の力学的環境の是正を目指すことにある。アライメントが悪いからOAになったのであり,それゆえ矯正骨切りでそのアライメント不良(多くの場合患者固有●●●●である)を改善するのだ。きわめて合理的,かつ明快である。そしてその反面,KAの患者固有のアライメントを再現するという目標が,いかに不合理(ある意味不可解)なものであるか気付かせてくれる。骨切り術の後は術前とまったく異なるアライメントになる訳だが(対側ともまったく異なる),その成績はTKAやUKAと比較されるほど優れているのだ。さらにスポーツ活動を含めたhigh activity患者には骨切り術がよい適応だとされていることも忘れてはならない。だから,生まれつきではない(Non-prearthritic & non-naïve)アライメントでも高い満足度と活動性は得られることは,骨切り術が証明しているのだ。

生まれつきではない(Non-prearthritic & non-naïveな)アライメントにすることが高位脛骨骨切り術の本質である。

手術侵襲という点から見ても,設置角度を微調整しようが剥離を少なくしようが所詮誤差範囲であり,満足度が劇的に上がるとは私には(常識的・本能的に)思えない。病理学の恩師である嶋崎昌義先生は,ある論文を読んで“原爆が落ちたときに蓑がさを被っていたら助かるか?を調べているみたいなもんや”と批評されていた。要するに影響因子が他の共存因子に比べてきわめて小さいため,“焼け石に水”であることを仰っておられたのだが,言い得て妙である。アライメントの(微)調整に関してもこれと同じ状況なのではないだろうか。“そんな小手先の工夫で,そんなに変わるわけないやん”というのが正直な感想なのである。

“焼け石に水”は英語で“a drop in the bucket”と言うらしい。

TKA患者の満足度を「1%」だけでも“確実に”上げる方法

この“アライメント”の問題についても語りだすと尽きないので別稿に譲るとして,本稿では少し視点を変えて患者心理に関連したアプローチ,考え方について考えてみたい。これは今まであまり考察されてこなかったし,現在もそれほど注目されていないと思う。

周術期の疼痛コントロールを例として考えてみよう。今ではスタンダードになったカクテル注射を始めとするMultimodal pain controlが患者の苦痛を軽減したことは間違いない。それでも,術前に下記のような説明をした場合を仮定してみよう。もちろん実際の言い方はさまざまであろうし,あくまで例として考えていただきたい。

●“TKAの術後の痛みはさまざまな工夫によりほとんどありません”
● “TKAは術後疼痛が最も強い手術の一つですから,かなり痛みます。しかし最近は さまざまな工夫により,かなり改善されました“

両者を比べてみると,私は後者の方が疼痛コントロールがよい(例え1%でも)という結果が得られると思う●●(誰もそんな調査はしないだろうから確かめる術はない)。だから“術後は痛いもの”だと患者がある程度覚悟していれば,我慢もできるのである。反対側の手術を受ける際に,前回痛くなかったと言っていた患者は“今度は痛いです”と言うし,前回すごく痛かったと言っていた人は“今回は案外●●大丈夫でした”と言う。これは多くの術者が経験することではないかと思う。そう考えると”術後は(ある程度は)痛みます”と説明しておくことも一つの方策,技術なのである。念のため断っておくが患者に不安を与えるような説明を推奨している訳ではなく,術後疼痛管理の重要性を否定している訳でもない。適正なリスクを適正に理解してもらう●●●●●●●●●●●●●●●●●ことが重要であると言っているだけである。

最近,カクテル注射を本邦に導入し,その方面のトップランナーである大阪公立大学の洲鎌先生による術後疼痛管理の講演を聞く機会があった。折角の機会なので,患者さんに術後疼痛について術前にどんな説明しているかを尋ねてみた。彼は一言“,メッチャ痛いと説明してます”との答えであり,“経験を積んだ先生は(積んだからこそ?)やっぱりそうなるんだよな”と妙に納得してしまった次第である。

TKA患者の満足度を確実に「1%」上げる方策は存在する。

大事な真理なので繰り返すが,このことは肝に銘じておこう。だから“満足度” を上げるためには現実を改善(術後成績の向上)するばかりでなく,期待値をコントロールするアプローチも有効で必要になってくる。つまり,

患者の期待度を下げる

のである。要するに“期待させすぎないようにする”のだ。

“What⁉”という批判の声が聞こえてきそうだが, “患者に期待させすぎないようにする”ということは,臨床家として大切な技量なのである。インプラントの設置角度を少々変えても,剥離を少なくしても満足度が上がるとは思えないし,EBMの見地から証明されているわけではない。しかし,患者の期待度を下げておけば満足度は必ず上がる。逆に患者の期待度が高すぎると満足度は必ず下がるのだ。

悲観的なことばかりを羅列して,患者さんの希望を打ち砕けと言っている訳ではない。TKAの最大の利点である除痛効果については保証してもよいし,可動域も120度前後は大丈夫だろう。概して洋式の日常生活については,ほぼ問題ないレベルに達することは請け負ってもよかろう。ただ,患者さんが“過度の期待”をしないようにすることにも留意が必要である。

具体的には,手術の本質的効果は膝関節の除痛(無痛ではない)と,それに伴う支持性の確保であり,

●脊椎由来の症状
●バランス感覚も含めた中枢神経由来の愁訴(パーキンソン症候群も含めて)
●末梢神経炎に由来する手足のしびれ

などは改善しないし,筋力低下に伴うADLの低下はすぐには●●●●改善しないことは十分理解してもらうことが大切である。“若い頃のように歩ける”ことを夢想されたら,決して満足度は上がらない。適正なリスクを適正に理解してもらうことが,Informed consentの本質であるとすれば,“患者の期待度を下げる”という行為はそれを別の言葉で表現しているにすぎない。

手術数を重ねると,“○○さんがしゃんと歩いているのを見て”とか“すっかり良くなった××さんが早く行っておいでと勧めてくれたので”と来てくれる患者さんも増えてくる。これはこれで術者冥利に尽きることなのだが,そんなときにこそ冷静に,術後の機能回復には“個人差”があることを説明し,患者の“狂信”をある程度冷ましておくのも臨床家としては重要であろう。“タイヤを替えてもエンジンやブレーキ,ハンドルが新しくなるわけではない”とか“70年使ってきた車が新車になるわけではない”とか車に例えて説明することもある(嶋崎教授の当意即妙の喩えには遠く及ばない・・・)。

科学的ではないことを長々と述べてきたが,強調したいのは“TKA後の満足度”を上げるために,今多くの術者がなすべきことはアライメントの調整などの“機能向上を目指したチャレンジ”ではないということである。それは “限られた施設”で,“限られた術者”が綿密な計画の基に“段階的”に導入していくべき課題であり,トライアルなのだ。そして貴方が一般的凡人的整形外科医でも(だからこそ)“明日からTKA患者の満足度を確実に「1%」上げる”方法が存在する。それは決して難しいことではなく,説明の仕方や適切な患者教育で誰でも必ず達成できる。“期待度が下がれば満足度は必ず●●上がる”のだから。

(つづく)


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