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【第6回】正直TKA,過去-3

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり

人工関節の基礎的研究

実は私はロンドンで臨床の論文を書いていない。私がいた3年間はフランス,アメリカ,続いてフィンランドから毎年交代でクリニカルフェローが来ていたので,臨床的な研究に関しては私の出る幕はまったくなかったのである。手術は週に2日程度であるから,残りの時間は自分でできることを見つけないといけない。半年ぐらいの短期留学ならば,物見遊山して見聞を広げればよいのだろうが,私は“何か”を残して帰りたかったし,それができなければ帰って開業しよう(するべき)と考えていた。

6月に渡英してから半年間は,仕事の目処さえつかなかったので,最初の冬はきつかった。高緯度だから,午後3時になると日が暮れる。天気も荒れ模様が多い。そんななか,三十過ぎの大人が,家族連れでプー太郎しているのかと思うと,“泣きそう”になったこともある。

紆余曲折の後,私が始めたのはOsteolysisの病理学的研究であった。その理由は

  1. 摩耗粉による人工関節周囲の骨吸収(Osteolysis)が当時トピックスになっていた

  2. 病理標本作成や染色の知識・技術があった(病理学教室で学位を取ったので)

  3. 関連施設(Royal Free Hospital)にProf. Revellという骨病理の専門科がいた

等あったが,決め手となったのは“掛け算”である。何事も頂点を極められるのは至難の業で,競争も激烈である。プロスポーツ選手や音楽家を考えてみれば,一芸に秀でて生計を立てることがいかに難しいかわかるだろう。

ところが違う分野の能力を組み合わせると,足し算(相加効果)ではなく,掛け算(相乗効果)になり価値が高まる。異分野(異質であればあるほど良い)でであれば,その組み合わせで希少価値が出るのだ。美人プロゴルファーとかビジュアル系バイオリニストなどが1例で,(良い例えではないかもしれないが)そこそこ×そこそこ=めったにいない,になるのだ。医師と弁護士のダブルライセンスなどもそうなのかもしれない。

さらに身近な例では医者(理系)だけど文章書くのがうまい(文系)とか,歌って踊れる研修医とか(ちょっと違うか…),とにかく違う分野の能力が組み合わされると,足し算ではなく,掛け算になって価値が高まるのだ。もちろん違う分野で培われた知識や経験が,異なった考え方や視点につながるという利点もある。

私は当時”外科医“と”病理医“の組み合わせを強みにしようと考えた。私の”外科医“も”病理医“も単体ではまったく勝負できない,なんちゃってレベルである。病理専門家にはちょっとかじっただけの私は到底かなわない。

それでも当時のOsteolysisの病理の最大の問題点は,標本(インターフェース膜)の極性(骨側とインプラント側)を区別していないことだと考えた。ある物質(例えばサイトカイン)が存在しても,インターフェース膜の中で,どこに局在するかを考えないと“机上の空論”になる。加えて周囲の骨組織については標本採取の困難性もあり,検索されたことはほとんどなかったのである。

他方整形外科医はといえば,病理の知識がほとんどなく,目の前にある(多くは廃棄される)標本の貴重さに気がつかない。Osteolysis症例のインターフェース膜は“長期間かけて形成された摩耗粉に対する異物肉芽腫”である。動物実験でこれを再現することは極めて困難なので,その病態の解明には“宝の山”とも言える貴重な標本なのだ。そこで私が“病理医”の目と頭を持ちながら“外科医”として術中に“骨付きの標本”を採取して解析しようと考えたのである。

(私が採取した骨付き標本:骨側とインプラント側が明瞭に区別できる。凍結切片の作成から染色まで,すべて自分で行った。とにかく時間は十分にあったから…)

Revisionがあると執刀医に“骨付きで!”とお願いすれば,“Oh Unethical doctor”とか冗談を言いながら採取してくれたが(時には自分で取った),それは私が外科医で一緒に手術に入っているからであり,病理医が依頼しても絶対にできない。その意味で”極性の明確な“ ”骨付き標本“を採取した時点で私の病理は”Only one”なのである。向こうで私が書いたOsteolysis関連の論文を文末に参照しておく(興味があれば見てほしい…。多分ないだろうが…)。

野蛮な外科医(上)と知的で物静かな病理学教室のメンバー(下)

1.Kadoya Y, Al-Saffar N, Kobayashi A, and Revell PA. The expression of osteoclast markers on foreign body giant cells. Bone and Mineral. 27:85-96 1994.
2.Kadoya Y, Revell PA, Al-Saffar N, Kobayashi A, Scott G, Freeman M.A.R. The bone formation and bone resorption in failed total joint arthroplasties.-histomorphometric analysis with histochemical and immunohistochemical technique. J. Orthop. Res. 14:473-482 1996.
3.Kadoya Y, Revell PA, Al-Saffar N, Kobayashi A, Scott G, Freeman M.A.R. Wear particulate species and bone loss in failed total joint arthroplasties. Clin. Orthop & and Rel Res. 340:118-129 1997.
4.Y. Kadoya, A. Kobayashi, H. Ohashi. Wear and osteolysis in total joint replacements. Acta. Orthop. Scan. Suppl. 278 Vol. 69 1998.

私が使用していた硬組織用クリオスタット。それでも良い切片を得るのは容易ではなく,朝から晩までこれに頭を突っ込んで格闘していた覚えがある。その後さまざまな染色,骨形態計測だから,気の遠くなるような“サル仕事”だった(時間だけはあった)。

ここまで正直TKA,過去を書いてきたが,この後は帰国後の大学勤務である。この時代が私のTKA遍歴上は第二の暗黒時代となるのだが,その頃は知るよしもない。そのこともこれから追々書いていこうと思う。

歴史的に見ても海外でのTKAはTHAと少なくとも同等の地位が確立されて来たといえるだろう。対照的に日本でのTKAは正当な評価を受けることがなかった(ように思う)。その理由は今まで述べてきたが,その趣旨は恨み辛みではない。若い先生方には妙な先入観を持つことなく,両方を習得するべく努力してほしいというのがその趣旨である。

最近は本邦TKAを専門とする教授も少なくないが,歴史的はTHAを専門にする教授の方が圧倒的に多い。TKAとTHAの患者満足度の違いについてはTKAはTHAより満足度が低いと言われると100%賛同できない面もあるが,そのことはまた別の機会に述べるとして,若い先生方はぜひ両方を習得することをお勧めしたい。

それと私は外科医と病理医をブリッジして,強みをかけ算すれば“ブルーオーシャン”になることをはっきりと自覚していた。このような考え方は,学際的と言えばそうなのだろうが,要するに自分の強みを活かしてエエとこ取りしようとすることであり,今になっても大正解だったと思う。希少価値が出ることはもちろん新しい視点も生まれるいろいろな分野で成果を出すには必要な考え方だと思う。

(つづく)


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