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【労力を無駄にしないための 臨床研究テーマの選び方】序文全文公開

8/25(水)発売の本書より、序文を全文公開します。労力や時間を無駄にしたくない若手医師の方にぜひお読みいただきたい内容です。

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はじめに
~適切な題材を選ぶコツ~


マニュアル本について

 昨今、「臨床研究の進め方」「論文の書き方」などのマニュアル本が医学書売り場に溢れています。筆者は、神戸大学小児科の新生児グループで研修医・大学院生指導に携わっていますが、彼らにこれらの本を読ませたからといってすぐに英語論文を執筆できるようにはならないのではないかという疑問を長年にわたって抱いてきました。

 その理由は、いわゆるマニュアル本に記載されている手引きというのは、そもそも「論文の書き方」さえ指導すればちゃんとした査読誌に英語論文としてアクセプトされるような適切な研究テーマが選択されている場合を前提として書かれているからです。そのため、「学会発表した内容はそこで満足するのではなく、英語論文として報告して初めて一件落着」みたいなストーリーが展開されます。しかしながら、欠陥のある研究テーマ(いわゆる没ネタ)をチョイスしていた場合は、仮に学会発表はできたとしても、マニュアルに則り適切な論文を書いたところでいつまでもアクセプトされないだろうと思うのです。


初学者は没ネタを掴む

 学会発表・論文作成に際して、研修医・大学院生に研究テーマの選択を任せると、往々にして“何でその症例を選ぶの?”といったケースや、せっかくのいい題材を“なぜその角度で切り取るの?”というようなパターンが多いように思います。そのまま突き進んでしまった場合、箸にも棒にもかからない内容になってしまい、労力が無駄になるだけだろうなと思うことがあります。


大学院生N さんの場合

 最近の筆者の実例では、当科の大学院生のN さんに「腹水を呈した新生児消化管アレルギーの1 例」についての症例報告の草稿を執筆してもらった際に、序文と考察の大半が消化管アレルギーの免疫学的機序の説明と診断方法に割かれている一方、実際には本症例では負荷試験などの正式な確定診断を行えていないというパターンを経験しました。その結果、「このような診断方法を行う必要がある」と大風呂敷を広げたうえで、「実際に、我々の症例では施行していないですが……」と言い訳する流れになってしまい、自らの正論が自らの首を縛るというよくわからない考察になっていました。


 「言い訳」というのは一般に他者に批判されたときに使う論法であり、自らの論旨に自ら言い訳しないといけなくなるような話の持っていき方は「自己ツッコミ」をしたい関西の芸人さん以外は絶対にやるべきではないと思います。N さんが消化管アレルギーの診断について長々と草稿を執筆してしまったのは、十中八九、最初に読んだ参考文献に記載されていた内容が診断にフォーカスしたものだったからだと思います。症例報告の執筆に関して、何も考えずに他者の論文を引用してしまうとこのようなパターンに陥りがちなので、最初に方向性を決めたうえでそれにフィットする参考文献を探すべきだったのだろうと思います。


大学院生F さんの場合

 また、新生児の尿中バイオマーカーを用いた後方視的観察研究において、当科の大学院生のF さんが、「早産児と正期産児を比較すると、出生当日の値には差がありませんでしたが、生後3 〜5 日目の値は早産児でやや高い結果が出ました」と報告してきました。しかし、一般に生後3 〜5 日目の早産児というのは人工呼吸管理をしていたり、循環作動薬を使っていたりという集中治療の真っ最中である反面、生後3 〜5 日目の正期産児というのはミルクを飲んでお母さんと同じ部屋ですごしているような場合がほとんどです。

 つまり、本ケースのように明らかに在胎週数ごとに患者背景が異なる場合は、バイオマーカーに差が生じる原因が内因性(在胎週数の違い)によるものか外因性(治療介入)によるものかを簡単に証明することはできない訳です。また、呼吸管理などの集中治療なしにはこういった早産児は生存できない訳なので、治療を受けていない群というのが理論上存在せず、多変量解析などを行っても多分簡単にはうまくはいかないように思います。加えて、在胎週数の違いがバイオマーカーに有意な影響を及ぼすのであれば、出生当日も差があるように思います。

 この場合のF さんの誤りは、データ解析をして最初に目についた有意差のある着眼点をなんとか掘り下げようとしてしまったことだと思います。後方視的研究というのはある意味有意差を探す作業のようなところがあるので、いろいろ探して差が出ることは当たり前です。


 では、その差に本当に意味があるのか、その差に基づく論理的なストーリーを作成できるのかという点を考えないといけません。「労力を無駄にしない」という観点からは、パッと見最初は簡単に勝ち進めそうなトーナメントであっても、山の反対側にゴリゴリの強豪校が控えているような場合は、あえて頑張らずにそのトーナメントは捨てるという考え方も必要なのだと思います。

没ネタの回避と労力の回収に向けて

 そこで本書では、「臨床研究の題材(研究テーマ)の選択」に特化した解説を行い、どういった症例・研究課題には手をつけないほうがよいのかについて述べたいと思います。本書を読んだうえで「お蔵入りリスク」が高い「没ネタ」を掴むことを回避し、真っ当な研究テーマを選択することができれば、それ以降は市販のどのマニュアル本を参考にしても、必要な労力さえかけることできっと英語論文のアクセプトまで到達できるのではないかと考えます。


 また同時に筆者も、若いころに今なら絶対に労力を注ごうと思わないような典型的「没ネタ」に多大な労力をつぎ込んだ経験があり、それらを苦労して何らかの形にしたという経緯があります(ほとんど英語論文になっていませんが)。せっかくなので、そういった没ネタの回収法についても説明しようと思います。

はじめに挿絵

*著:藤岡一路 イラスト:ふじいまさこ

(本文に続く)

神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野 講師
藤岡一路


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