誰でも頭に幻覚剤~ヒトの身体から生み出される幻覚成分「DMT」が脳細胞を保護する~

始めに

このnoteは、伝統的な民族儀式に使われる幻覚剤「アヤワスカ」に含まれる、「N,N-ジメチルトリプタミン(以下DMTと呼びます)」について、科学の論文を元に説明しております。

さて、一部界隈では最近話題のDMT。
このnoteをお読みの方は恐らくご存じでしょう、DMTとは幻覚剤の一つである一方、これを含むアヤワスカやDMTを飲んだり打ったりすると、薬の効かないうつ病が治ったり、またアヤワスカを何年も飲むと、前頭葉機能の一部が上がったりします。
アヤワスカを何年も飲んだ際の変化についてはこちらから。



さて、そんな幻覚剤DMTですが、実は普通にヒトの体内にあります。

マジです。DMTはヒトの体内に普通に存在しています。
私達は皆、身体に幻覚剤を持って日々を過ごしているのです。

ちなみにヒトの尿や糞(糞に含まれるのはブフォテニンという、DMTに似た成分です)にも、微量過ぎて測定出来ないながらもDMTや似た様な幻覚剤が存在しているらしいので、昔流行った飲尿健康法とかを行ったらもれなく「DMTを含む水溶液の所持」にあたってしまいますね。
ス〇トロプレイもダメです。
(※常識的に考えて、尿や糞は麻薬では無いので起訴はされません。どうぞご安心ください。)

ヒトの糞にブフォテニン:https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/00365510510013604
統合失調症のヒトの内、6人中3人の尿に微量ながらDMTが含まれていた:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0006291X73800038

まぁ冗談はともかく、しかしDMTがヒトの身体の中で生み出される物質であるという以上、
「身体の中で作られるDMTは、人体にとってなにがしかの役割を持っているんじゃないか?」
と科学者たちは考えた訳です。

さて、今回はその研究結果の一つ、
「DMTは脳が低酸素状態になった時、脳細胞が死んでしまう事を防ぐ働きを持つかもしれない」
という論文です。

論文タイトル:The Endogenous Hallucinogen and Trace Amine N,N-Dimethyltryptamine (DMT) Displays Potent Protective Effects against Hypoxia via Sigma-1 Receptor Activation in Human Primary iPSC-Derived Cortical Neurons and Microglia-Like Immune Cells
URL:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnins.2016.00423/full

論文説明の前に:事前知識の説明

今回の論文に必要なので、話をDMTから、人間の脳と酸素の説明に少しずらしますね。
興味のない方はこの辺は飛ばしてください。多分この説明が無くても何となく分かりますので。

さて、脳って、当たり前ですけれど常に動いています。
寝ている間も情報の整理等を行っていますし、第一人間の五感も思考も、さらに言えば心臓の鼓動も脳が司っています。
ですので、もしも脳が動く為のエネルギー源が途絶えてしまった場合、脳細胞を動かすエネルギーが無くなった事により脳細胞が死んで、脳細胞が死ぬから意識も心臓の鼓動も何も動かせなくなって、その為人間は死ぬ訳です。
なので、脳へのエネルギー供給は超大事。

で、そのエネルギーを作るのに必要な一つが、酸素なんですよ。

これも当たり前ですけれど、酸素が無いと人間は死んでしまいます。
身体を動かすエネルギーは主に糖分や脂肪分から作るのですが、この時酸素が必要になるのです。
ですので、酸素が無いとどれだけ糖分や脂肪分をたっぷり摂ったところで、エネルギー源が尽きて死んでしまうのです。
酸素は超大事。ここテストに出ます。

……なんですけれど、割とこの酸素ってついうっかり脳に届かなくなっちゃうんですよ。

例えば死ぬ場合ですと、溺れたり、押し潰されて呼吸が出来なくなったり、火事の中で息を吸ってしまい肺の細胞が火傷を負ったり、後は肺が無事でも大出血したりすると脳が酸欠になります。
酸素を運ぶのは血液ですので、血液が無くても脳が酸欠になるんですよ。
あとは死なない場合で身近な例ですと「立ちくらみ」ですかね。
あれは一時的に脳への血圧が下がって、それで一瞬酸欠になるからフラッと来る訳です。

こうして例を挙げると、割とフランクに多くの方が脳への酸欠を体験している事かと思いますし、大抵の事故で脳が酸欠になる事が分かるかと思います。

ですので、もし何かが起きて酸欠になった場合、真っ先に脳を酸欠から守る必要があるのです。

論文説明:概要

さて、話をDMTに戻しましょう。
今回の論文は「DMTを加えた培地で育てた脳細胞は、低酸素状態に陥った時の生存率が格段に上がった」という内容です。

人間の身体にはほんの僅かながらDMTが含まれていると先程説明しましたが、しかし何故人間の身体にそんなものが?という理由はよく分かっていませんでした。

ところがこのDMT、「Sigma-1」という受容体(受容体とは、特定の伝達物質やイオン等をキャッチして働くタンパク質の事です)に作用する事が分かってきました。
Sigma-1は低酸素から脳細胞を保護する働きがあって、こいつを刺激してやると低酸素状態でも脳細胞が死ににくくなります。

「じゃあ、人間の体内にあるDMTって、低酸素の時に脳細胞を守っているんじゃないか?」
と考えて実験をしたところ、本当にDMTは低酸素状態で脳細胞が死ぬのを防ぐ効果を持っていて、やっぱりそれはSigma-1に作用する事で効果を発揮していました。

という内容です。


この論文の重要な所を説明しますと、

【重要】低酸素状態に6時間置いた脳細胞(ニューロン)の生存率が
「DMT無し:19%→DMT50μM添加:64%」
と、格段に上がった。
また、脳にある、細胞の保護と再生に関わる他の細胞も少し生存率が上がった。
(マクロファージ  DMT無し:約83%→DMT50μM:約92%
樹状細胞  DMT無し:約82%→DMT50μM:約94%)

②この生存率上昇の効果は、「Sigma-1」という受容体が関わっているようだ。

③生存率上昇の効果は、低酸素に対応して働くタンパク質「HIF-1α」とは別の作用で効果をもたらしている。
さらに言えば、本当は低酸素状態で増えるはずのHIF-1が、DMTの添加で減っている。
(「HIF-1α」とは、低酸素状態になると出てくるタンパク質の事です。
これが増えると赤血球が多くなり、酸素が少ない所でも沢山の酸素を赤血球に乗せて運べるようになります。
ただし、がんの分裂の為の酸素調達にも関わっているタンパク質なのですが……。)

という内容になっています。

以上、概要説明終わり!
後は私の持論とか論文の実験内容とか、読んでも読まなくても良い内容です。
細かい所が気になる方以外はここで解散。

DMTと臨死体験

さて、この論文から「DMTは脳を酸欠状態から守る働きを持つ」と書きました。
そして「脳は事故等を起こすと割とうっかり酸欠状態になる」とも書きましたね。
そして大切な事として、「DMTは幻覚剤である」という事は、恐らく皆様ご存じのはずです。

それらをまとめて、「臨死体験」の話をしましょう。
臨死体験とは、人が死に瀕した時に起こる超常現象の一つで、「死んだはずの先祖に会った」「綺麗な花畑と川が見えた」「自我が宇宙に拡散した」等の体験をするそうです。
これらは心停止など、一旦死にかけた方々が蘇生した時にその体験を口にする物で、ある程度の差はあれど、共通したパターンが見られる事が知られています。

これについて、下記の論文の「5.1.1 Cardiac arrest」という場所に、

DMTは肺がストレス信号を受け取った時に、大量に合成される可能性がある。
また、DMTが見せる幻覚は臨死体験とかなり似通っている。
だとすると、死にかけて呼吸が止まった時、DMTが大量に合成され、それが脳を酸欠状態から保護する一方、臨死体験を見せている可能性が非常に高い。
(このストレス信号というのはイライラの事じゃなくて、肺の細胞に何らかのダメージが起きている状態の事を言います)
と書かれています。

Neuropharmacology of N,N-Dimethyltryptamine
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5048497/

要約すると、臨死体験のメカニズムとして、
「死にかけて呼吸や血流が止まり、脳もしくは肺が深刻な酸欠になった事で、身体の中でDMTが大量に合成され、それが脳細胞を保護する事で蘇生したが、その際に大量のDMTにより幻覚を見たのではないか」
という仮説が挙げられる訳です。

勿論精神の神秘やあの世の存在的な物を否定するつもりではありません。観測が出来ない物は、存在するともしないとも言えないですし。
しかし、もし科学的な方法で臨死体験を説明するとしたら、こういう考え方もアリなのかな?と、個人的にはそう思います。

さて、では以下は実験内容と細かい結果一覧ですので、本当にここから先は読む必要無いです。
専門的知識も必要になってきますし……。
まぁ、そういうのが見たい、という方は是非ご覧ください。

実験内容(ここら辺読む必要本当に無いです)

・材料調達
脳の皮質のニューロン:iPS細胞(どの細胞にも変化できる細胞)から作りました。
マクロファージ:ハンガリー国立輸血局から健康なヒトの血液を貰って、それを培養して分化させて単離しました。
樹状細胞:マクロファージとほぼ同じやり方で作りました。

・低酸素培養
ヒトの組織の酸素濃度は大体2~9%で、一般的に酸素濃度1%以下を低酸素状態と呼ぶので、今回は0.5%の超低濃度に設定しました。
0.5%の条件に、細胞を播くプレートをあらかじめ4時間置いておき、それぞれの細胞を播いた後、同じ条件で6時間培養しました。

・DMT処理
DMTは、1~200μMの濃度をそれぞれ細胞に添加しました。
また、Sigma-1の拮抗薬BD1063を添加する際は、1~100μMを用意し、DMTを添加する30分前に添加しました。

・Sigma-1受容体ノックダウン細胞作製(その受容体が無い細胞の事です)
Sigma-1受容体のSiRNAを細胞にトランスフェクションし、2日後にSigma-1受容体が無い事を確認しました。

・以下の事を調べました
細胞生存率の変化(Annexin Vアポトーシスキット)
タンパク発現の変化(ウエスタンブロット)
遺伝子発現の変化(RNA抽出、逆転写、qPCR)

・統計解析
t検定を使い、p<0.05で有意(効果がある)と見なしています。

結果

図1

まず、図1でニューロンの細胞にSigma-1受容体がきちんと出ている事を確認しています。

画像1


図2

図2で、DMTが低酸素状態で細胞を死ににくくさせているのか調べています。
ニューロン、マクロファージ、樹状細胞を用意し、

DMTを
・添加しない、通常酸素濃度
・添加しない、0.5%酸素濃度
・1μM添加、0.5%酸素濃度
・10μM添加、0.5%酸素濃度
・50μM添加、0.5%酸素濃度
・200μM添加、0.5%酸素濃度
(備考:ヒトの組織の酸素濃度は大体2~9%。酸素濃度1%以下を低酸素条件と呼びます。)

の6条件に分けて、6時間置いた時の生存率を調べています。
以下に結果のグラフを載せます。
左側に「% of neurons alive」と書かれてあるグラフがニューロンの生存率、「% of macrophages alive」がマクロファージの生存率、「% of dendritic cells alive」と書かれてあるのが樹状細胞の生存率です。

*マークがついているのが「統計的に見て変化がある」と見なされたものです。

画像2

どの細胞も、6時間後の生存率について、「DMT 50μM」「DMT 200μM」を添加した細胞が、DMT未添加の細胞より生存率が上がっています。
更に、ニューロンに関しては、DMT未添加の細胞の6時間後生存率が19%だったのに対し、DMT 10μM添加の細胞が31%、DMT 50μM添加の細胞が64%と、10μMから効果を発揮しています。

「DMT 50μM」「DMT 200μM」の細胞の生存率は、どの細胞も同じ位になっています。
という事は、DMTを50μM以上添加しても、50μMを添加した時の効果と大して変わらないという事ですね。

あと面白いのが、ニューロンは時間の経過によってだんだんと生存率が下がるのに対し、マクロファージと樹状細胞は4~6時間後に一気に死んでいく傾向があるようです。


図3

図3では、細胞が低酸素ストレスを受けた時に増える「HIF-1α」、更にHIF-1αが増えると増える「VEGF」について調べています。
具体的には、HIF-1αのタンパク量と、VEGFの遺伝子発現量(遺伝子発現が増えると、その後タンパク発現が増えます)を調べています。

HIF-1αやVEGFが増えると、「この細胞は低酸素ストレスを受けている」という事になります。
そこでそれらの量を測定する事で、「DMTを添加した細胞は低酸素状態で、低酸素ストレスを受けているのか」を調べています。

画像3

結果として、まずDMT未処理の細胞では、酸素濃度0.5%の状態に6時間置いたところ、HIF-1αのタンパク量と、VEGFの遺伝子発現量が増えました。
しかし、DMTを50μM添加した細胞は、未処理の細胞よりHIF-1α、VEGFの増え方がかなり抑えられていました。

更に図には無いのですが、ストレスで増える別のタンパク質や遺伝子も調べたところ、「ストレスセンサー活性化転写因子(ATF6)」というタンパク質の量が、統計的には変化なしと見なされたものの、DMTを50μM添加した細胞においてわずかに減っていました。


図4

図4では、「図2、3で見られたDMTの効果は、Sigma-1受容体がDMTによって活性化されて起こしているんじゃないか?」という仮説を調べる為、SiRNAという物を使って、Sigma-1受容体を無くした細胞を作り、そこにDMTを添加してみました。

画像4

結果、図2、3で見られた「細胞の生存率上昇」「HIF-1αの増加抑制」は、Sigma-1受容体を無くす事でどちらも効果が消えてしまいました。
つまり、DMTのこれらの効果は、Sigma-1受容体があってこそ作用する物、Sigma-1受容体を介した効果である事が分かりました。

実験結果を要約しますと、「DMTはSigma-1受容体を介する事で、低酸素状態の時に低酸素ストレスを軽減し、細胞が死ぬのを防ぐ働きを持っている」という事が、今回の細胞を用いた実験で明らかになりました。


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