見出し画像

ブータンの犬は幸せ?

この子の名はジェニー。ブータンで借りていた家のお隣さんが飼っていた犬だ。おそらくペットショップかブリーダーから買い取られてきたのだろう、純血種のラブラドールレトリバーだと思われる。

ジェニーはとても人懐こく、愛くるしかった。わたしたちが新居に着くやいなや、「どうも」とお隣さんより先に挨拶しにきてくれて、初日からおなかを撫でさせてくれた。

どうやら我が家もジェニーの縄張りに含まれていたらしい。その日から、ジェニーは我が家の庭もパトロールしてくれるようになった。あんまりがんばってパトロールしてくれるものだから、デリバリーやバイク便のお兄さん方にとっては脅威でしかなかったようだが。

ジェニーは飼い犬ではあったけれど、首輪も着けていなければ家の中にも入れてもらえていなかった。しかし、定期的にごはんをもらい、ケガや病気をすれば飼い主に面倒を見てもらえる立場にいた。

そして、行動範囲が妨げられていなかった分、ジェニーは自由に草むらに寝転び、自由に戦い、近所の飼い犬たち(ほかにも10頭ほどいた)を取りまとめるリーダー的存在として、日々勇ましく背中の毛を逆立たせながら走り回っていた。

犬本来の営みを、人に制限されることなく満喫していたジェニーは、わたしの目には幸せそうに映った。

草むらに倒れるようにして寝ていた犬。ブータンの犬は、日中はおおかたこのスタイルで休んでいた

ジェニーのような飼い犬は珍しかった。ブータンは犬だらけなのだが、その7割強は都市部にすむ野良犬、そして2割は野生化し、群れをなして山中を駆けめぐる野犬だった。

野良犬も野犬も、その日暮らし。腹いっぱいのメシにありつける保証はない。街中では肋骨が浮き出るほどに痩せこけた犬や、犬疥癬(いぬかいせん)という皮膚病を患った犬をちょくちょく見かけた。

すでに息を引き取って体がこわばった犬、交通事故に遭った犬も何度か見かけた。交通事故死した犬は、ほかの犬に食われながら日が経つごとに小さくなり、干からびていき、やがては自然に還っていった。

自然の摂理は無慈悲だ。

しかし、ブータンの人々が無慈悲なわけではない。むしろその逆で、仏教の教えにより不殺生の戒律を守っているため、野良犬を殺めたり、保健所に連れていって処分したりはしなかった。

定期的に野良犬にごはんを与えている人も多かった。その見返りに番をしてもらうことで、人と犬との共生が成り立っていた。また、野良犬のための犬小屋を手作りしたり、野良犬のためのシェルターを運営している民間団体も活動していた。

自由に生き、自然に還ることが、果たして犬たちにとって幸せなのかどうかはわからない。でも、リードなしで駆けまわるブータンの犬たちは、筋骨隆々で生命力に満ちていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?