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「〜〜マクリスティ」の産声


  わかりマクリスティー。

 パートナー氏がよう言う。「わかりマクリマクリスティー」もうよう言う。
 その言葉が飛び出すのは大抵わざと『おじさんムーブ』をカマすときで、初めて聞いたとき、青春時代をバンギャとして過ごした私は即座に『理解』した。ラクリマね、と。そして彼もV系好きではないにしろサブカル・アングラ方面に精通した身であるが故、私は「こーんのサブカルエログロおじさんが!」と思ったのを覚えている。エログロのエロについては事実無根ですが。

 前回の日記を書いたあと、私は一息吐こうと寝室で横になっていた。私はこういう余暇を他人の書いた文章を読んで過ごすことにしている。何かインスピレーションを得られるかもしれないからだ。
 今日はオモコロの古い記事を読んでいた。恐山氏担当回の『文字そば』だ。めちゃめちゃ面白い文章だな、と思いながら読み終え、Twitterで引用された数をチェックする。オモコロにはそういった機能が付いていて、引用数の上部分をタップすると、実際にTwitterが開き、その反応が読めたりする。
 私はその反応や感想を読み、『わかる』に対し「わかる」と思ってみたりして、記事を称賛するそれらのツイートを流し見ていた。
 そこに唐突に現れたのだ。

「わかりマクリスティ―」

 は???????
 と思った。私はパートナー氏のそれを、サブカルアングラクソ野郎(業界に対しての罵倒ではない)としての矜持から滲む渾身のギャグだと思っていたからだ。

 え、うそ……。

 震える指で、グーグル氏が提供してくれている検索バーに打ち込む。『わかりマクリスティ』と。

「~~マクリスティ」ってのは何のギャグなんですか?

Yahoo!知恵袋


 これが一番上に出て来た。しゃっくりみたいな悲鳴が出た。
 
 続いて、「~しマクリマクリクリスティー」という言葉遊びは今の20代に通じるのか? というタイトルの記事が出て来た。
 読まなくても『理解』した。
 定番のオヤジギャグなのだ。
 しかし読んだ。もうすべて『理解』した。

 私は酷く裏切られた心地になり、パートナー氏のリモート終業を待って切り出した。↑の段落を一字一句落とさずとは言わないが、9割は全く同じことを言った。記憶力の良さには定評がある。

「私は酷く裏切られた心地になった!」

 ここまでを叫んだ。いや言い過ぎた。ちょっと大きめの声を出した。何故か泣きそうになっていた。
 私の糾弾に食い気味にして、パートナー氏は言った。

「そんなはずはない!僕のオリジナルだよ!」

 ……ん?

「僕が思いついたんだ!」

 そう反抗してくる彼の声音に、偽りはない。我が子を守らんとするような、真に迫った何かがそこにはあった。そしてそもそも奴は悪魔と同じで、本当のことは言わなくても嘘は吐かない人間である。

 そのとき、ふと初めて彼の口から『〜〜マクリスティ』を聞いたときのことが思い出された。

 あれは彼がApex Legendsをプレイしているのを隣で眺めているときだった。
 野良プレイをしていた彼の加入したパーティーが、所謂『即降り』というやつをした。ゲーム開始時に真っ先に降下するということは、『キル数を稼ぎたい』『ダメージ数を増やしたい』などといった血の気の多い輩のひしめくリングに降り立つということを意味している。
 彼の操作するブラッドハウンドというキャラが着地し、間を置かずブラッドハウンドの特殊能力である『全能の目』という名のサーチ機能が放たれる。範囲内の敵の数が丸分かりになるスグレモノだ。障害物まで貫通して露わになる、画面内をひしめく敵、敵、敵……

「うわ、敵いまくり……いま、くり、……敵いマクリスティー!!!

 そうだ、私は聞いていた。その産声を。のちに彼の中でお気に入りのギャグと化した「〜〜マクリスティー」の産声を!

「うーわ!オヤジギャグかよ!」

 そのときの自分の反応も覚えている。あのとき私は『こいつやったな』と思ったし、彼も『こいつぁイケるぞ』とそのギャグの誕生を噛み締めたに違いないのだ。

 私は反省した。
 彼にとっての『〜〜マクリスティー』はあのとき誕生したに違いないのだ。きっとそれは、人類史に於いて初めて『〜〜マクリスティー』とギャグを口にした人間と同じだけの質量を持つ、かけがえのないものだ。
 表現の上で比較的オリジナリティを出しやすいオノマトペのように『彼にとってのそれ』と『共通認識としてのそれ』が無意識のうちに通じ合った瞬間があった。それだけのことだったのだ。
 そして私もその定番オヤジギャグとしての『〜〜マクリスティー』を知らなかった。だから、本当にまっさらな状態からそれが放たれることだって、有り得る。

 だから私は彼の『〜〜マクリスティー』を祝福したい。揺らぎかけた意識を今ここに確立し直そう。味方が誰ひとりいなくたって、私だけは全力で肯定しよう。
 君の言う『〜〜マクリスティー』は、君が考え出したものなのだと。



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