刑事訴訟法 問題8

 Xは、2013年12月8日未明に金銭を窃取する目的で東京都新宿区内のA方に侵入したが、就寝中であったAに気付かれたため、所持していたナイフでAを刺殺して逃走したという強盗殺人の疑いで、裁判官の発した逮捕状により逮捕された。
 以上の事実を前提に、下記(1)及び(2)の問いに答えなさい。

(1) 警察での取調べに対し、Xは犯行を否認していたが、取調べに当たった捜査官から、実際にはそのような事実がないにもかかわらず、犯行現場に残されていたナイフに付着していた指紋がXの指紋と一致した旨告げられ、否認を続けると不利になると諭されたことから、犯行を認め、自白するに至った。Xの上記自白を証拠とすることができるか。

(2) 警察での取調べに対するXの弁解と裏付け捜査により、Xには上記犯行時刻ころアリバイがあることが確認されたが、指紋照合の結果、Xの指紋が、2012年9月に東京都板橋区内で発生した住居侵入・窃盗被疑事件において犯行現場に残されていた犯人のものと推認される指紋と一致することが判明した。この場合、検察官は、上記板橋区内で発生した住居侵入・窃盗被疑事件について、直ちに裁判官に対しXの勾留を請求することができるか。

※早稲田ロー 2015年度夏


1 設問(1)
 Xの自白は、その犯人性を認めるものであって、犯罪事実の存否を画する事実を証明するために用いられるものである。そして、犯罪事実の存否を画する事実については、厳格な証明を要し、証拠能力が認められる証拠によって認定される必要がある。
 もっとも、Xの自白は、捜査官から指紋の一致という存在しない事実や認否が不利だと告げられたうえでなされている。そこで、かかるXの自白が「その他任意にされたものでない疑いのある自白」(319条1項)として、証拠能力が認められないのではないか。自白法則の適否が問題となる。
(1) そもそも、319条1項が不任意自白の証拠能力を否定した趣旨は、被疑者の自由な意思決定が妨げられ、虚偽自白誘発のおそれがあるからである。
 そこで、自白法則は、被疑者・被告人に強い心理的影響が与えられ、類型的に虚偽の自白を誘発するおそれが認められる場合に適用されると解する。
(2) 本件では、凶器であるナイフに指紋が付着していたというXの犯人性を決定的に基礎付け得る事項につき偽計を用いている。また、Xは強盗殺人という極めて重大な犯罪の疑いで身柄拘束されており、精神的・肉体的に極めて不安定な状況下に置かれている。このような事情のもとで、否認を続けると不利になる旨の警察官の発言があれば、極度の不安感等の強い心理的影響が与えられることになる。
 だとすると、決定的証拠がある旨を示されたことを背景に強い心理的影響が与えられた以上、否認を諦めて少しでも量刑に有利な状況に転じようと虚偽供述をすることも通常想定される。そのため、捜査官の働きかけにより、Xに強い心理的影響が与えられ、類型的に虚偽供述を誘発するおそれが認められる。
(3) したがって、Xの自白につき自白法則が適用され、319条1項によりXの自白の証拠能力が否定されるから、これを証拠とすることはできない。
2 設問(2)
(1) 勾留請求が認められるためには、勾留の形式的要件(207条・60条1項)を充足する必要がある。そして、犯行現場に残されていた犯人の指紋とXの指紋が一致することからすれば、Xが住居侵入被疑事件に関与した疑いがあるといえるあから、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」といえる。そのため、60条1項各号の要件を充足するような事情があれば、形式的要件を満たす。
(2) そうだとしても、被疑者の勾留を請求するためには、逮捕が前置されている必要(207条「前3条の規定による」)がある。
 もっとも、住居侵入窃盗で勾留請求するのに対し、先行する逮捕は強盗殺人の被疑事実に基づくものである。そこで、逮捕が前置されているかの判断基準が問題となる。
ア 逮捕前置主義の趣旨は、二重の司法審査による人権保障にあるところ、被疑事実が異なれば二重の審査がなされないこととなる。また、被疑事実ごとのほうが身体拘束の根拠が明確であり人権保障に資する。そこで、逮捕が前置されているか否かは、被疑事実の同一性を判断基準にするべきと解する。
イ そして、公判の準備手続きたる逮捕・勾留は、公判の目的である刑罰権の行使のためであるから、刑罰権の及び得る範囲、すなわち「公訴事実の同一性」(312条1項)により被疑事実の同一性を判断すべきであり、両被疑事実の基本的事実関係が同一といえる場合に、被疑事実の同一性が認められると解する。
ウ 本件では、逮捕に係る被疑事実は2013年12月の新宿区内におけるAに対する強盗殺人であるのに対し、勾留請求に係る事実は2012年9月の板橋区内における住居侵入窃盗の被疑事実である。これら両事実は、犯行日時も場所も全く異なるものであり、基本的事実関係の同一性が認められないため、被疑事実の同一性を認めることはできない。
エ したがって、住居侵入の被疑事実について逮捕が前置されているとはいえず、勾留請求は認められないとも思える。
(3) もっとも、強盗殺人の被疑事実について逮捕前置がある以上、勾留の要件を満たす限りは勾留請求なし得る。そこで、強盗殺人の被疑事実とともに住居侵入窃盗の被疑事実についても勾留請求することにより、例外的に勾留請求が認められないか。
ア 逮捕事実の勾留とともに別罪と合わせて勾留することは、身体拘束期間の点で被疑者に有利といえる。そこで、逮捕事実についての勾留要件を満たす限りにおいて、これを合わせて別罪で勾留することは認められると解する。
イ 本件では、強盗殺人の被疑事実についてはXのアリバイが確認されており、勾留の要件である「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」(207条本文・60条1項柱書)を欠くと考えられる。
ウ したがって、逮捕事実たる強盗殺人の被疑事実による勾留が認められないことになる以上、住居侵入窃盗での勾留も認められない。
以上


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