刑法 問題6

 散歩中の甲は、乙が自宅前に鎖でつないでおいた乙の猛犬を見て、いたずら半分に石を投げつけたところ、怒った猛犬が鎖を切って襲いかかってきたので、や むなく隣家丙の居間へ逃げ込んだ。 情を知らない丙は、突然、土足で室内へ飛び 込んできた甲をみて憤慨し、甲の襟首をつかんで屋外へ突き出したところ、甲は 猛犬にかまれて重傷を負った。
 甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ。


第1 甲の罪責
1 甲が丙宅に立ち入った行為に住居侵入罪(130条前段)が成立するか。
 甲は、住居権者たる丙の意思に反して丙の住居に立ち入っているため、「侵入した」といえる。また、その旨の認識認容があるため故意(38条1項)も認められる。
2 もっとも、甲は、襲いかかってきた猛犬から逃れるために丙の住居に立ち入っている。そこで、緊急避難(37条1項本文)として「正当な理由がない」とはいえず違法性が阻却されるのではないか。
(1) 甲は、現に猛犬に襲われそうになっているため、「自己」の「身体」に「対する現在の危難を避けるため」の要件は満たす。
(2) もっとも猛犬に襲われることとなった原因は、甲が、猛犬に対していたずら半分で石を投げつけたことにある。そこで、当該危難は自ら招いたもの(自招危難)として、「やむを得ずにした行為」とはいえないのではないか。
 この点、緊急避難の法的性質は、法が他人のための緊急避難を認めていること、法益権衡の要件は責任の判断とは無関係であるため、違法性阻却事由と解する。そして、違法性の実質は、社会相当性を逸脱した法益侵害又はその危険にあるところ、自招危難でも、社会的相当性を有する場合には緊急避難が成立すると解する。そしてその判断には、危難を招いた事情および回避した事情を総合的に検討して判断すべきである。
 本問では、「いたずら半分」でおこなっているものの、鎖に繋がれた犬がそれを切ってまで襲いかかってくることまで予見した上での行為ではない。また猛犬から襲われた場合、仕切られた空間である他人の家の居間に飛び込むことも、自らの生命に対する危険が認められ得る状況からすると、やむを得ない行為である。したがって、丙宅に飛び込む行為も社会的相当性が認められる。
 よって、「やむを得ずにした行為」といえ、緊急避難が成立し、違法性が阻却される。
3 以上により、甲の上記行為に住居侵入罪は成立せず、甲は何の罪責も負わない。
第2 丙の罪責
1 丙が、甲を屋外に突き出した行為に暴行罪(208条)が成立するか。
 丙は、甲の襟首を掴んで屋外に突き出している。これは、甲の身体に対する直接の有形力の行使といえ、「暴行を加えた」にあたる。また、その旨の認識認容もあるため故意も認められる。
 そして、傷害罪は暴行罪の結果的加重犯と解されるところ、甲が重症を負ったのは猛犬に噛まれたからであり、丙の暴行行為がもつ危険が現実化したからとは評価できないため、当該暴行行為と結果との間の因果関係が認められず傷害罪は成立しない。
 したがって、丙の上記行為は暴行罪の構成要件に該当する。
2 もっとも、上記行為は、突然土足で自分の家に飛び込んできた状況に対してなされたものである。そこで、正当防衛(36条1項)として違法性が阻却されないか。
 この点、前述の通り、甲が丙宅に飛び込んだ行為は緊急避難により適法になされたものである。したがって「不正の侵害」があったとはいえない。
 よって、正当防衛により違法性は阻却されない。
3 しかし、丙は「情を知らない」ため、甲の侵入が「不正」なものと誤認していると考えられる。そこで、違法性阻却事由の錯誤が認められ、責任故意を阻却するのではないか。
 故意責任の本質は規範に直面したにもかかわらずあえて行為に出た点にある。だとすると、非難の前提として行為者が規範に直面している必要がある。しかし、違法阻却事由があると誤信している場合は構成要件事実についての錯誤と同様に、規範に直面しているとはいえず、故意を阻却すると解する。
 したがって、甲の侵入が「不正」なものと誤認している丙には責任故意が阻却される。なお、責任故意を阻却しても過失犯規定がある場合には過失犯が成立し得る解する。
4 以上により、丙の上記行為に暴行罪は成立しない。また、暴行罪に過失犯規定はないため、結果丙は何の罪責も負わない。
第2 乙の罪責
 乙の飼い犬の鎖に対する管理等に注意義務違反が認められれば「過失」があったといえ、乙に過失傷害罪(209条1項)が成立し、同罪一罪の罪責を負う。
以上


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