刑事訴訟法 問題5

【事 例】 平成23年1月10日,東京都八王子市所在の山林で,所在不明となっていた被害者の白骨死体が発見された。被害者の生存が第三者によって最後に確認されたのは,平成22年9月30日夕刻に被害者が被告人,A及びBとともにビジネスホテル三田に入ったときであることなどから,被告人らの犯行であることが判明し,被告人とBが平成23年8月4日に逮捕された(Aはすでに平成22年12月10日に交通事故で即死している。)。しかし,被害者の遺体の鑑定の結果,頭蓋冠,頭蓋底骨折等の傷害が存在することは明らかになったが,正確な死因は不明であり,Bの捜査段階での供述は,被告人が暴行したとは供述するものの,具体的な犯行態様や共謀関係については変遷を重ねており,客観的な遺体の傷害結果と合致する内容ではなかった。また,被告人は,被害者と会ったことは認めるものの,犯行を否認していた。
 そこで,検察官は,「被告人は,単独又はA及びBと共謀の上,平成22年9月30日午後8時30分ころ,東京都港区所在のビジネスホテル三田4階2号室において,被害者に対し,その頭部等に手段不明の暴行を加え,頭蓋冠,頭蓋底骨折等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,頭蓋冠,頭蓋底骨折に基づく外傷性脳障害又は何らかの傷害により死亡させた。」という傷害致死の訴因で起訴した。
〔設問1〕 このような起訴は適法か,訴因の機能にふれて論じなさい。〔設問2〕 上記事例において,証人Wが「Aが死亡する3日前に,Aから『被告人が被害者の頭部をバットで殴って死なせた』と聞いた。」と証言した場合において,この証言を被告人が被害者に暴行を加えて死亡させたという事実を証明する証拠とすることはできるか。


第1 設問1
1 本件傷害致死の訴因は、単独犯であるか共同正犯であるかが不明確であり、かつ、暴行態様や死因についても特定されていない。そこで、かかる訴因は特定を欠き不適法とならないか。
(1) そもそも、訴因の特定の趣旨は、裁判所による審判対象を確定する点に有り、その反射的効果として被告人に防御の範囲が明示される。そして「罪となるべき事実」とは、刑罰法令の構成要件に該当する具体的事実をいう。
 だとすると、訴因が特定しているといえるためには、①被告人の行為が特定の構成要件に該当するか判断するに足りる程度に具体的事実が明らかにされ、かつ、②他の犯罪事実と区別できることが必要と解する。
(2) 本件では、共同正犯が成立するためには共同実行時の合意が必要であり、謀議行為は実行行為時における共同実行の合意を推認させる間接事実にすぎない。そのため、謀議の日時・場所・内容等は単なる間接事実にすぎず、訴因の特定に不可欠な「罪となるべき事実」ではない。そのため、「共謀の上」との記載であることをもって訴因の特定が欠けることはない。
 また、手段が不明であっても暴行によって死亡結果を生ぜしめたという点では傷害致死罪という特定の構成要件に該当するかを判断するに足りる程度には具体的事実が明らかになっているといえる(①)。また、人の死亡という事象は一回限りである以上は、他の犯罪事実と区別することができる(②)。
(3) したがって、訴因の特定に欠けるところはない。
2 そうだとしても、256条3項は、日時・場所・方法により罪となるべき事実を特定することを要求している。そこで、手段不明な方法による暴行といった形で方法を特定していないことから、256条3項に反することとならないか。
(1) この点について、日時・場所・方法は「罪となるべき事実」と特定するための一手段にすぎないから、犯罪の性質上、これを詳らかにできない特殊事情がある場合には、特定の趣旨を害さない限り、幅のある記載も許されると解する。
(2) 本件では、被害者の遺体は白骨化しており、その死因を特定することは極めて困難である。したがって、暴行の態様を特定することも極めて困難であるといえる。だとすると、犯行の方法を明らかにできない特殊事情があるといえ、手段不明の方法といった記載でも許されるべきである。
(3) したがって、256条3項にも反しない。
3 以上により、本件における起訴は適法である。
第2 設問2
1 Wの証言は、被告人が被害者の頭部をバットで殴って死なせたというAの供述を内容とするものである。そこで、Wの証言が「公判期日外における他の者の供述を内容とする供述」(320条1項)にあたるとして、Wの証言の証拠能力が否定されないか。
(1) そもそも、伝聞法則の趣旨は、被告人の反対尋問権を可及的に保障することにある。すなわち、通常の供述証拠は、知覚・記憶・叙述という誤りの介在しやすい各過程を経て証拠化されるところ、反対尋問によりその正確性を吟味する必要がある。しかるに、伝聞証拠はそれをなし得ないため、反対尋問権を保障すべく、原則として証拠能力を否定したものである。
 かかる趣旨からすると、伝聞法則の適否は、要証事実との関係で相対的に決せられ、原供述の内容の真実性が問題となるか否かで決すべきと解する。
(2) 本件では、Wの証言により被告人が被害者を暴行を加えて死亡させた事実を証明するためには、Aの原供述の真実性が前提となるといえる。
(3) そのため、上記Wの証言には伝聞法則の適用があり、原則として証拠能力が否定される。
2 そうだとしても、321条以下の伝聞例外にあたる場合は、例外的に証拠能力が肯定される。本件では、共犯者Aという被告人以外の第三者の供述をその内容としていることから、324条2項・321条1項3号の伝聞例外を検討する。
(1) まず、原供述者Aが死亡しており、供述することができなくなっている。
(2) また、具体的な犯行態様や共謀関係等について特定することができておらず、実行行為者やいかなる犯行態様であるかを明らかにするAの供述は、犯罪事実の存否の証明に欠くことのできないものであるといえる。
(3) もっとも、Aは共犯者と疑われる者であって、自己の犯情を軽くするために他の者に責任転嫁するおそれのある関係にあったといえるから、Aの供述が特に信用すべき情況の下にされたものとは認められないというべきである。
(4) したがって、324条2項を準用する321条1項3号の要件を満たさない。
3 よって、原則どおりWの証言の証拠能力は否定される。
以上


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