民法 問題65
ビルの修理を請け負ったA建設会社の作業現場において、A会社の従業員Bが突然貧血をおこして倒れ、その取りおとした工具が足場のパイプにあたってはずんで落下し、近くの公道を通行中のCにあたって、全治2か月の大怪我をさせた。Cは、D商事会社の営業部長であって、重要な商談におもむくところであったが、Cの受傷と入院のため、D会社は、有利な取引の機会を逸し、数百万円の受くべかりし利益を失った。
CおよびDは、AおよびBに対して損害賠償を請求する。CDの立場で考えられる主張と、ABの立場で考えられるこれに対する反論とを挙げて論ぜよ。
※旧司法試験 昭和47年度 第1問
第1 CB間
1 Cは、Bに対して、不法行為(709条)に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
(1) Bは、建設会社の作業員であるところ、その業務中には第三者に危害を与えないようする注意義務が認められる。そして、工具を落とすことは右注意義務に違反する行為であるため、不法行為が成立し得る。
これに対し、Bは、右注意義務違反は、突然貧血をおこして倒れたことに起因するものであり、責任弁識能力を欠くことから責任を負わない(713条本文)との反論が考えられる。
(2) 確かに、突然貧血を起こせば自分自身の身体をコントロールすることができなくなるため、一般論としては責任弁識能力を欠き責任を負わないと解する。
もっとも、その貧血が持病によるものや、先に体調不良を感じていた場合等、貧血になることを予見しうる状態であれば、これを避けなかった点について非難することが可能である。
そこで、それを避けるべき時点では責任弁識能力が認められるため、貧血になることを避けなかった点に過失を認めることができると解する。
(3) したがって、Bの貧血が持病によるものや、あらかじめ予見し得るものであれば、Cの上記請求は認められる。
第2 CA間
1 Cは、Aに対して、使用者責任(715条1項本文)に基づき、損害賠償請求することが考えられる。
(1) Bは、Aの社員であるため、Aは「他人を使用する者」にあたる。また、本件事故は業務中の事故であることから、「事業の執行について」といえる。したがって、「第三者」であるCの上記請求は認められるとも思える。
(2)ア これに対し、Aは、Bに不法行為が成立しない場合、Aにも成立しないとの反論が考えられる。
この点、使用者責任の法的性質は、被用者に対する求償を認めている(715条3項)ことから、代位責任であると解する。そして、代位責任である以上、被用者に不法行為が成立しない場合は、使用者責任も負わないと解する。
したがって、Bに不法行為が成立しない場合、Cの上記反論は認められる。
イ 他方、Bに不法行為が成立する場合、Aは、選任・監督につき相当の注意を払ったことを主張して、Cの上記請求を拒むことが考えられる(715条1項ただし書)。
もっとも、被用者に過失が認められる場合、使用者には選任・監督つき注意を怠ったといえるため、それを覆す特段の事情がない限り、Aの反論は認められない。
よって、Bに不法行為が成立する場合、Aの上記反論は認められず、Cの上記請求は認められる。
2 次に、Cは、Aに対し、工作物責任(717条1項本文)に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
これに対し、Aは、事故原因は工具の落下にあり、工作物の瑕疵によるものではないとの反論が考えられる。
(1) 工作物とは、土地に接着して人工的に作られた一切の設備をいうところ、本件工事現場の足場はこれにあたる。
また、工事現場では工具等を落とす事故は容易に予見でき、それ避ける必要からネット等の落下防止装置を足場等に設置する必要があるのが通常である。そのため、かかる装置を欠いた足場は、通常備えるべき安全な性状を欠いたといえ、「工作物の設置・・・に瑕疵がある」といえる。
そして、落下防止装置があれば事故は避けられたと考えられるため、「瑕疵があることによって・・・損害が生じた」といえる。
(2) したがって、Cの上記請求は認められる。
3 さらに、Cは、Aに対し監督義務者責任(714条2項)に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
(1) この点、Bが責任弁識能力を欠く場合、それは突然の貧血に起因し、一般に監督義務あるとはいえないため、 Aは監督義務者にあたらないというべきである。
(2) したがって、Cの上記請求は認められない。
第3 DB間
1 Dは、Bに対して、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
これに対し、Bは、Dの損害は因果関係を欠くと反論が考えられる。
(1) この点、不法行為の因果関係の判断にあたっては、709条の趣旨のひとつである、損害の公平な分担という観点から決するべきである。
そこで、相当因果関係(416条類推適用)にある範囲に限り請求できると解する。
(2) 本件では、Dの、有利な取引を逃したために生じた損害は、事故により直接生じたものではなく、社員であるCが受傷と入院のために商談に赴くことができなかったという間接的なものにすぎない。そこで、間接損害については相当因果関係にある範囲内とはいえず、認められないのが原則である。
もっとも、会社と従業員に経済的一体性がある場合には、事故により生じた損害と評価できることから、かかる場合には認められ得ると解する。
(3) 本件では、CはDの部長にすぎず、DとCに経済的一体性は認められない。
(4) したがって、事故と損害との間に因果関係を欠くことから、Dの上記請求は認められない。
第3 DA間
(1) 使用者責任(715条1項本文)及び工作物責任(717条1項本文)に基づく責任追及は、前述のとおりDの損害につき因果関係が認められないため、かかる責任追及はすることができない。
(2) 他方、監督義務者責任(714条2項)に基づく責任追及は、前述のとおり、Aは監督義務者にあたらないため、これも認められない。
以上
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