刑事訴訟法 問題6

 平成29年8月29日午後11時頃、東京都新宿区内の飲食店街路上で覚せい剤所持の現行犯人として逮捕されたAを、翌30日朝から取り調べていたP警察官らは、同日午後5時頃になり、同人から、「自分の持っていた覚せい剤は、暴力団B組幹部のXが自宅兼事務所にしているCマンション305号室で、Xと配下のYから購入したものである。Xらはどこからか覚せい剤を同室に運んできて、自分のような常用者に売っているが、自分に売った分以外にもまだ相当量の覚せい剤が同室で保管されていると思う。」との供述を得たので、XおよびYを覚せい剤譲渡の罪で緊急逮捕するため、上記305号室に急行した。P警察官らは、同日午後6時30分頃、同室に到着したが、ドアを開けて応対に出たXの内妻Dが、「Xは出かけています。そんなに遅くはならないと言っていましたが、何時頃帰ってくるかは分かりません。Yや組の若い者も既に帰ってしまっていて、私以外には誰もいません。」と述べた。P警察官らは、「ともかく確かめさせてもらう。」と言って、同室内に入り、Xらが不在であることを確認したうえ、「Xが帰ってきたら覚せい剤で逮捕することになっている。捜索させてもらうぞ。」とDに告げ、同室内の捜索に取りかかり、寝室のクローゼット内の衣装箱から覚せい剤約100グラムを発見したので、これを差し押えた。次いで、それから約30分後にXが帰宅したので、P警察官らは、同人を覚せい剤譲渡の罪で緊急逮捕した。
 P警察官らの行った上記捜索・差押えは適法か。


1 Pらの行ったCマンション305号室の捜索は、無令状によりなされたものであるため、令状主義(218条1項)に反し違法であるのが原則である。
 もっとも、その後にXを緊急逮捕(210条)していることから、逮捕に伴う無令状の捜索(220条1項2号)にあたるとして適法とならないか。
(1) まず、Xの緊急逮捕が適法でなければ、その後になされた捜索も適法とならないため、緊急逮捕の適法性について検討する。
ア Xの逮捕事実は覚せい剤譲渡の罪であり、「長期3年以上の懲役に当たる罪」に該当する。
イ また、覚せい剤所持の現行犯人として逮捕されたAが、場所と譲渡人を具体的に述べて供述しており、その中でXとYから譲り受けたことを述べているのであって、しかもそのような事実がないのに暴力団員である者が譲渡人であることを述べることは通常考え難く、その供述内容にはある程度の信ぴょう性がある。だとすると、Xが覚せい剤譲渡の罪を「犯したことを疑うに足りる十分な理由がある」といえる。
ウ さらに、仮にAが逮捕された事実がXらに伝われば発覚を恐れて逃亡等されるおそれもあり、令状を請求している間に逃走されてしまうおそれもあるから、「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができない」といい得る。
エ したがって、事後に直ちに裁判官に逮捕状を求める手続きを行う限度において、緊急逮捕は適法となる。
(2) また、「逮捕の現場」における捜索が許容されているにすぎないところ、Xが逮捕されたの場所も捜索場所もともにCマンション305号室であるから、「逮捕の現場」における捜索であるといい得る。
(3) そうだとしても、緊急逮捕がなされたのは捜索がなされた後であるから、「逮捕する場合」にあたらないのではないか。
ア そもそも、憲法35条、法220条が令状主義の例外として逮捕に伴う無令状捜索・差押えを認めた根拠は、被逮捕者により逮捕事実に関連する証拠が破壊・隠滅されるのを防止し、証拠を保全する緊急の必要性にあると解する。
 そうだとすると、「逮捕する場合」といえるためには、逮捕に伴う証拠隠滅のおそれが存する場合、すなわち現に被疑者を逮捕する状況の存在が必要と解する。具体的には、被疑者が現場に存在し、かつ少なくとも逮捕の直前直後であることが必要と解する。
イ これを本件についてみると、捜索当時には被疑者たるX及びYはその場に居合わせなかったのであるから、現に被疑者を逮捕する状況は存在しなかったといえる。
ウ したがって、「逮捕する場合」にあたらない。
(4) よって、逮捕に伴う捜索としては適法とならないため、上記捜索は違法である。
2 そして、かかる捜索の結果として発見された覚せい剤の差押えも同様に違法となる。
以上


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