刑事訴訟法 問題1

 警察官は,甲が,平成23年7月1日にH市内において,乙に対して覚せい剤10グラムを30万円で譲渡したとの覚せい剤取締法違反被疑事件につき,甲宅を捜索して現金の出納及び甲の行動等に関する証拠を収集するため,H地方裁判所裁判官に対し,捜索差押許可状の発付を請求した。これを受けてH地方裁判所裁判官は,罪名として「覚せい剤取締法違反」,差し押さえるべき物として「金銭出納簿,預金通帳,日記,手帳,メモその他本件に関係ありと思料される一切の文書及び物件」とそれぞれ記載した捜索差押許可状を発付した。
 この捜索差押許可状の罪名及び差し押さえるべき物の記載は適法か。

(参照条文)覚せい剤取締法第41条の2第1項覚せい剤を,みだりに,所持し,譲り渡し,又は譲り受けた者(第42条第5号に該当する者を除く)は,10年以下の懲役に処する。

※平成23年予備試験より


1 罪名の記載について
 本件捜索差押許可状には罪名として「覚せい剤取締法違反」としか記載されておらず、覚せい剤譲渡という具体的罰条の記載がない。かかる記載は令状に記載すべき「罪名」(219条1項)の特定性を欠き不適法ではないか。
(1) そもそも、同条項が罪名の記載を要求した趣旨は、令状が他事件に流用されることを防止するとともに、捜索差押えの受忍範囲につき対象者に手がかりを与える点にある。そして、刑法犯の場合と異なり、特別法においては相互に関連性の強い犯罪が個々の罰条として規定されており、ある証拠物が複数の罰条にわたる証拠物であることが少なくない。そうすると、様々な類型の犯罪が規定されている刑法の場合と異なり、むしろ令状の流用のおそれは少ないといえる。
 また、刑法犯の場合と異なり、特別法違反の場合は法令名を記載すれば対象者に対してある程度予測可能性を与えることができるから、捜索差押えの受忍範囲につき対象者に手がかりを与えることもできる。
 そこで、特別法違反の場合は具体的罰条の記載は不要であり、法令名の記載のみで足りると解する。
(2) 本件では覚せい剤譲渡の罪は特別法違反であるため、法令名たる「覚せい剤取締法違反」の記載のみで足りる。
(3) したがって、219条1項に反せず適法である。
2 差し押さえる物の記載について
 捜索差押許可状には「差し押さえるべき物」を記載しなければならない(219条1項)ところ、本件捜索差押許可状には、差し押さえるべき物として「その他本件に関係ありと思料される一切の文書及び物件」と概括的な記載がされている。かかる記載は「差し押さえるべき物」の特定を欠き、同条項に反しないか。
(1) そもそも、差し押さえるべき物の特定を要求する趣旨は、裁判所に押収するについて「正当な理由」(憲法35条)の有無を審査させるとともに、捜査機関の権限の範囲を明確にし、被処分者に対し受忍範囲を明示することによって、一般的探索的な捜索差押えを防止し、もって住居の平穏やプライバシーの不当な侵害を防止する点にある。かかる趣旨から、差し押さえるべき物の記載は個別具体的になされる必要があると解する。
 もっとも、かかる趣旨からすれば概括的な記載がなされたとしても、具体的例示や罪名の記載から裁判所のよる「正当な理由」の審査や対象者に対する受忍範囲の明示として十分と認められる場合であれば上記趣旨を全うできるため219条1項に反しないと解する。
(2) 本件では、日記やメモ帳などの具体的例示に付加されて上記概括的記載がなされていることや、覚せい剤取締法違反との罪名の記載からすれば覚せい剤事犯に関する証拠物件に限定されると合理的考えることができるため、受忍範囲の明示として十分と認められる。
(3) したがって、同条項に反せず適法である。
3 以上により、本件捜索差押許可状の記載は適法である。
以上


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