民事訴訟法 問題1

 XはYに絵画を売り渡したが,Yは代金の支払期日になっても代金を支払わなかっ た。そこで,Xは,Yに対して,代金1000万円のうち一部と明示して600万円の 支払を求める訴えを提起した(以下「訴訟1」という。)。
 一方,Yは,Xに対する400万円の貸金債権があるとして,Xを被告とする別訴を 提起した(以下「訴訟2」という。)。Xは,訴訟2において,代金1000万円のう ち,訴訟1で訴求していない400万円の代金支払債権を自働債権とする相殺の抗弁を 提出した(以下「本件相殺の抗弁」という。)。
⑴ 本件相殺の抗弁の適法性について,論じなさい。
⑵ 訴訟1において,Xの請求が500万円の限度で認められ,この判決が確定した とする。訴訟1の判決確定後に,本件相殺の抗弁が提出された場合における,本件 相殺の抗弁の適法性について,論じなさい。

※重要問題習得講座 第9問より


1 設問(1)
 訴訟2において提出した相殺の抗弁に係る債権は、係属中の訴訟で主張されている売買代金債権と同一の債権である。そこで、かかる相殺の抗弁の提出は二重起訴の禁止(142条)に反し許されないのではないか。
(1) この点、相殺の抗弁は「訴え」にあたらないため、同条を直接適用することはできない。
 もっとも、142条の趣旨は、主に矛盾判断の防止にあるところ、相殺の抗弁に係る判断についても既判力が生じる(114条2項)以上は、上記趣旨が妥当する。
 これに対し、相殺の抗弁は予備的抗弁であり判断がなされるか不確実であるから二重起訴の禁止に触れないとの考えもあるが、同条は既判力に抵触するおそれがある事件につき予め矛盾判決の危険を防止しようとする趣旨であると考えられるため、失当である。
 そこで、既判力抵触のおそれが認められない例外的な場合を除き、相殺の抗弁に142条が類推適用されると解する。
(2)ア 本件においてXは、売買代金債権1000万のうち600万円部分のみであることを明示して一部請求をしている。そして、一部請求訴訟がなされた場合、残部請求を認めても被告にとって不意打ちとならないため、明示された一部が独立した訴訟物となり残部には既判力が生じないため、本件のおいては600万円の部分のみが独立した訴訟物となる。だとすると、別訴で残部を相殺の抗弁に供したとしても既判力抵触のおそれは認められない。
 そうすると、同一の債権につきさらに相殺の抗弁に供することを認めることとなり、同一債権について別々の裁判所において審理判断がなされることになるため、実質的争点の重複を放置することとなる。しかし、相殺の抗弁は、相手方の提訴を契機として簡易迅速かつ確実な決済機能を期待してなされる防御の手段である一方、上記のような場合には既判力抵触の問題を直接に生じるわけではないため、相殺の簡易決済・担保的機能を重視すべきである。
 そこで、訴訟上の権利濫用にあたるなど特段の事情がある場合でない限り、正当な防御権の行使として許容され、142条は類推適用されないと解する。
イ 本件では、Xが残部を相殺の抗弁に供することが訴訟上の権利濫用にあたるような事情はない。
(3) したがって、Xによる相殺の抗弁の提出は適法である。
2 設問(2) 
(1) 本問では設問(1)と異なり、訴訟1における一部請求が500万円の限度で一部認容判決が確定している。そのため、売買代金債権の残部400万円部分について訴訟2で相殺の抗弁に供することは、既判力に抵触し許されないのではないか。
ア 既判力は「主文に包含するもの」(114条1項)、すなわち訴訟物たる権利関係の存否についての判断について生じるところ、前述のとおり、明示の一部請求がなされた場合は、明示された一部と残部は別個の訴訟物となる。そのため、一分請求の確定判決の既判力は残部請求に及ばない。
イ したがって、残部400万円部分を相殺の抗弁に供したとしても、訴訟1の既判力には抵触しない。
(2) そうだとしても、本件においては、相殺の抗弁に供した債権と発生原因を一にする債権において、600万円のうち500万円しか存在しない旨の一部認容判決が下されている。
ア そもそも、一部請求を全部または一部棄却する旨の判決は、債権全部について行われた審理に基づき、後に残部として請求しうる部分が存在しないとの判断を示すものといえる。そうだとすると、残部について訴求したり相殺の抗弁に供することは、実質的に前訴で認められなかった請求および主張の蒸し返しであって、当該債権の全部につき紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、二重応訴の負担を強いるものである。
 そこで、かかる残部請求ないし相殺の抗弁の提出は、特段の事情がない限り信義則(2条)に反し許されないと解する。
イ 本件では、Xによる残部についての相殺の抗弁の提出は訴訟1の蒸し返しとは認められない特段の事情はない。したがって、信義則に反し許されない。
(3) よって、Xによる相殺の抗弁の提出は不適法となる。
以上


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?