民事訴訟法 問題3

 Xは建物をYに賃貸していたが,その敷地にビルを建てるため,当該建物の明渡しを 求めて訴えを提起し,正当事由に基づく賃貸借契約の解約告知を主張した。この訴訟で,原告Xは,無条件の明渡しを求めており,口頭弁論において立退料の支払いに関す る主張をしておらず,被告Yもこれに関する主張を提出していない。裁判所は,正当事由の存在が総合的に認められるとして,300万円の立退料の支払いと引換えに建物の 明渡しを命ずる判決をした。
 この事例における訴訟法上の問題点について論じなさい。

※上智大学法科大学院 平成16年度


1 Xは、無条件で建物の明渡しを求めているにもかかわらず、300万円の立退料の支払いと引換えに建物の明渡しを命ずる引換給付判決をすることは、申立事項の範囲内で判決すべきことを要求する246条に反するのではないか。一部認容判決の可否が問題となる。
(1) そもそも、246条の趣旨は処分権主義の現れたる規定であるところ、当事者意思を尊重するという処分権主義の趣旨と、当事者に対する不意打ち防止という機能からすれば、一部認容判決の可否は、原告の合理的意思の合致するか、被告に対する不意打ちとならないかという観点から決すべきであると解する。
(2) 本件では、建物の敷地にビルを建てて収益をあげたいXとしては、300万円程度の立退料であればこれを払ってでも明渡しを求めたいと考えるのが、その合理的意思であるといえる。そのため、原告Xの合理的意思に反しない。
 また、Yとしては、無条件に明渡しを覚悟しつつ応訴していたのであって、より有利な内容となる立退料の支払いと引換給付判決がなされることは、被告Yに対する不意打ちともならない。
(3) よって、上記判決をすることは246条には反しない。
2 そうだとしても、XYのいずもれ立退料の支払いの申出に関する主張をしていない。そして、当事者の主張しない事実は判決の基礎とすることができない(弁論主義第1テーゼ)ことから、立退料の支払いの事実を判決の基礎とすることは弁論主義に反するのではないか。弁論主義の適用範囲が問題となる。
(1) そもそも、訴訟の勝敗を決するのに重要なのは、権利の発生・変更・消滅という法律効果の判断に直接必要な要件事実たる主要事実であり、かかる事実につき弁論主義の適用を認めれば弁論主義の当事者意思尊重という趣旨及び不意打ち防止機能を全うできる。また、証拠と同等の機能を果たす間接事実や補助事実については、自由新書主義(247条)の下では、裁判官の自由な心証に委ねるのが適当である。そこで、弁論主義が適用されるのは主要事実に限られると解する。
 そして、「正当の事由」のような抽象的要件事実については、具体的な事実に対する法的評価を経てはじめて認定されるものであって、当事者の攻撃防御が集中するのは抽象的要件事実を基礎づける具体的内容の方である。それにもかかわらず、その具体的内容事実に弁論主義の適用がないとすれば、当事者に対する不意打ちとなってしまい、弁論主義の不意打ち防止機能が害される。そこで、抽象的事実については、これを基礎付ける具体的事実が主要事実と解する。
(2) これを本件についてみると、立退料の支払いの申出の事実は、「正当の事由」(借地借家法28条)を基礎付ける具体的事実の一つであるから、主要事実にあたる。
(3) したがって、上記事実については弁論主義の適用があり、XYの主張がない以上、これを判決の基礎とすることができない。
3 また、Yは、建物の明渡しと立退料の支払いとの同時履行を主張をしていない。そのため、裁判所が引換給付判決をすることは、この点においても弁論主義第1テーゼに反して許されないのではないか。
(1) この点について、同時履行の抗弁権の行使については、民法533条において「できる」と規定されて、これを主張する者の意思に係わらせている点で、権利抗弁であるといえる。そこで、これを行使する者による権利主張がなされない限り、これを判決の基礎として引換給付判決をすることは許されないと解する。
(2) したがって、Yが同時履行の抗弁権に関する権利主張をしない限り、裁判所は引換給付判決することは弁論主義第1テーゼに反して許されない。
4 そうだとすれば、裁判所としては、上記判決をするのであれば、釈明権(149条1項)を行使するなどして、立退料の申出の事実や同時履行の抗弁権の権利行使を主張をさせるべきであったと考える。
以上


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