民法 問題60

 Aは、画商Bから著名な画家Cの署名入りの絵画(以下「本件絵画」という。)を代金2,000万円で買い受け、代金全額を支払って、その引渡しを受けた。当時、ABは、本件絵画をCの真作と思っており、代金額も、本件絵画がCの真作であれば、通常の取引価格相当額であった。Aは、自宅の改造工事のために、画廊を経営するDに対し、報酬1日当たり1万円、期間50日間との約定で、本件絵画の保管を依頼し、報酬50万円を前払して、本件絵画を引き渡した。その後、本件絵画がCの真作を模倣した偽物であって100万円程度の価値しかないことが判明したので、AがBに対し、本件絵画の引取りと代金の返還を求めて交渉していたところ、本件絵画は、Dへの引渡後20日目に、隣家からの出火による延焼によって画廊とともに焼失した。
 以上の事案におけるAB間及びAD間の法律関係について論ぜよ。

※旧司法試験 平成12年度 第1問


第1 AB間
 Aは、Bに対して、本件絵画の売買契約(555条)を錯誤取消し(95条1項2号)を主張し、代金返還請求することが考えられる。
1 Aは、本件絵画に画家Cの署名が入っていることから、これを真作だと信じている。そして、高額な絵画を売買する場面において、その真贋性は取引上の社会通念に照らして重要なものであるといえる。
 また、代金が2000万円もの高額であることを考えると、少なくとも黙示に絵画が真作であることにつき売買契約の基礎とされていることが表示されていたと考えられる。
 さらに、仮にAに絵画の真贋性の認識につき重過失が認められるとしても、Bも同様に錯誤に陥っているため、Aは錯誤取消をし得る(95条3項2号)
 したがって、Aは、本件売買契約を錯誤取消しすることができる。
 そして、この場合、双方が原状回復義務を負い(121条の2)、Bは代金返還をする必要があるため、Aの上記請求は認められるとも思える。
2 しかし、AもBに対して本件絵画の返還義務を負うところ、これが焼失しているため、右義務をなし得ない。
 そして、双方の返還義務は同時履行の関係にある(533条類推適用)ところ、これによりAの上記請求は認められないのではないか。そこで、危険負担が問題となる。
ア この点、形式的には、目的物返還債務と代金返還債務に牽連性は認められない。そのため、危険負担の規定を適用できないかと思える。
 しかし、双務契約の清算過程で生じる問題については双務契約の裏返しといえることから、実質的には牽連性を認めることができる。そこで、危険負担の規定を類推適用して解決を図るべきと解する。
イ 本件絵画は、Dの隣家の出火により焼失しているため、AB双方に帰責性が認められない。したがって、536条1項が類推適用される結果、Bは反対債務である代金返還債務の履行を拒むことができる。
3 よって、Aの上記請求は認められない。
第2 AD間
2 Aは、Dに対し、寄託契約(657条)の債務不履行に基づく損害賠償請求(415条1項)をすることが考えられる。
 もっとも、本件絵画の焼失はDの隣家の出火が原因であるため、Dに帰責性は認められない。したがって、債務不履行に基づく損害賠償請求はをすることはできない(同2項)。
 よって、Aの上記請求は認められない。
2 次に、Aは、Dに対し、前払いした報酬50万円の返還請求をすることが考えられる。
(1) もっとも、保険絵画はDが引き取ってから20日後に焼失している。そのため、どの範囲で返還請求できるかが問題となる。
(2) この点、寄託契約は目的物の返還債務を負うため、これを履行できない以上、報酬全額について返還請求なし得るとも思える。
 しかし、寄託契約は継続的契約であり、目的物が焼失した時点で終了となる。そして、この場合、受寄者の得られる報酬は履行割合によることとなる(665条・648条3項)。
(3) したがって、受寄者Dは、目的物を安全に保管していた19日分の報酬を受領できるため、残りの31万円は寄託者Aに返還する必要があると解する。
(4) よって、Aは、31万円の限度で、Dに返還請求することができる。
以上


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