刑事訴訟法 問題7

〔問 題〕
 次の【事例】を読んで,【設問】に答えなさい。
【事例】
1 平成24年5月21日午後9時ころ,東京都港区の一般国道において,黒いワンボックスタイプの普通乗用自動車が,蛇行運転を繰り返した挙句,対向車線に進入し,対向車数台と次々と衝突して,多数の負傷者が出ているとの通報があり,三田警察署の司法警察員Kら6名が現場に急行した。司法警察員Kらが現場に到着したところ,事故を起こして大破した黒いワンボックスタイプの普通乗用自動車の運転席には,男Aが1人シートベルトをして座ったまま失神しており,同人は直ちに付近の病院に搬送された。
2 司法警察員Kは,Aが座っていた運転席付近や,Aの体から酒臭が漂っていたことから,同人による飲酒運転の嫌疑を持った。そこで,司法警察員Kは,搬送先の病院において,担当医師の了解を得て,意識を失っているAの口の上に飲酒検知管の風船を持っていき,同人の呼気を集める方法で呼気検査を行った。このとき,同人の呼気からは,呼気1リットルあたり,0.7ミリグラムのアルコールが検出されたので,その後,その旨の測定結果報告書【証拠①】が作成された。
3 さらに,Aについて,前歴照会を行った結果,Aには覚せい剤事犯の前科が多数回あったことから,司法警察員Kは,覚せい剤使用の嫌疑も持つに至り,やはり搬送先の病院において,担当医師に依頼して,意識を失っているAの腕から注射器で5ミリリットルの採血を行った。科学捜査研究所において,上記Aの血液を鑑定した結果,覚せい剤が検出され,その旨の鑑定書【証拠②】が作成された。
4 治療の末,回復したAは,平成24年6月1日に,危険運転致死傷(2名死亡,5名重軽傷)の事実で通常逮捕され,所要の捜査を経て,同月22日に,同事実で起訴された。さらに,その後,Aは,覚せい剤の自己使用の事実でも追起訴された。
【設問】
 前提となる捜査の適法性を検討した上で,それとの関係において【証拠①】及び【証拠②】の証拠能力について論じなさい。


第1 捜査の適法性
1(1) Kの行った呼気採取が「強制の処分」(197条1項ただし書)にあたるとなると、検証令状(218条1項)の発布を受けずになされた当該処分は令状主義に反し違法となる。
ア そもそも、逮捕等の強制処分について要件や手続きは厳格なものであるから、そのような厳格な要件や手続によって保護する必要があるほどに重要な権利や利益の制約を伴う場合に強制処分に該当すると解する。そこで、「強制の処分」とは、相手方の意思に反した、重要な権利利益の制約を伴う処分をいうと解する。
イ 本件では、呼気の採取はAの黙示的意思に反するといえるが、吐き出された呼気を集めても、それは本来外気中に混ざるものであって、被採取者が何らかの権利を主張するものでもないから、重要な権利利益の制約があるとはえいない。
ウ したがって、上記呼気検査は「強制の処分」にあたらない。
(2) そうだとしても、相手方に対する権利侵害を生ずることはあるため、強制処分に該当しないとしても、197条本文の任意捜査にも警察比例の原則を適用すべきである。そこで、操作の必要性と被侵害利益の性質・程度とを比較衡量した上で、具体的事情の下で相当と認められる場合に、任意捜査として許容されると解する。
 本件では、多数の負傷者が出た重大事故である。また、Aの体が酒臭が漂っていたことと黒いワンボックスカーが蛇行運転した挙げ句対向車線に進入したとの通報内容を併せ考えれば、本件事故の原因は同車内にいたAの飲酒運転にあるとの嫌疑が高い。そして、時の経過によりアルコールは体内で分解され、後に証拠採取をしようとしても不可能となるから、呼気検査により証拠保全を図る緊急の必要性もあった。そのため、呼気検査を行う必要性は高かった。他方、呼気を採取してもAの権利を侵害するものではないから、その被る不利益は小さい。
 そのため、被る不利益より捜査の必要性が上回るといえるから、具体的状況の下で相当と認められ、任意捜査として許される。
2 次に、血液検査をしたことは、身体という極めて重大な法益の侵襲を伴う点で、重要な権利利益の制約を伴うものであり、かつAの黙示的意思に反するものなので、「強制の処分」にあたる。そして、強制採血を行うためには身体検査許可状(218条1項後段)と鑑定処分許可状(255条1項)を併用して行うべきと解されるところ、これらを取得せずに無令状で血液検査を行っており、令状主義に反する違法がある。したがって、血液検査を行ったことは違法である。
第2 証拠①(測定結果報告書)について
 測定結果報告書は「公判期日に代えて書面を証拠」(320条1項)とするものであるから、伝聞法則が適用され証拠能力が否定されないか。
1(1) そもそも、伝聞法則の趣旨は、供述証拠は知覚・記憶・叙述という誤りの介在しやすい各過程を経て証拠化されるが、伝聞証拠については反対尋問によりその正確性を吟味することができないため、反対尋問権を保障すべく、原則として証拠能力を否定する点にある。かかる趣旨からすれば、伝聞法則の適否は、要証事実との関係で相対的に決せられ、原供述の内容の真実性が問題となるか否かで決すべきと解する。
(2) 本件では、証拠①はAの呼気からアルコールが検出されたことが要証事実となるところ、呼気検査の結果に関するKの供述が真実であってはじめてこれを証明することができるから、真実性が問題になるといえる。
(3) したがって、証拠①には伝聞法則の適用がある。
2 そうだとしても、321条以下の伝聞例外の適用が認められる場合には、例外的にその証拠能力が肯定される。本件では、測定結果報告書は、実況見分調書としての性格を有する書面であることから、321条3項により証拠能力が認められないか。同項は「検証の結果を記載した書面」につき伝聞例外を定めるにすぎず、任意手段である実況見分調書には同条項は適用されないのではないかが問題となる。
(1) そもそも、検証調書が321条3項の下で緩やかに証拠能力が認められたのは、検証は専門的訓練を受けた捜査員が行う技術的作業で恣意の入る余地が少なく、結果を書面で報告したほうが口頭で供述するよりも正確かつ詳細だからである。そして、任意か強制かの区別はあれど、検証調書と同様の方法で作成される実況見分調書にも同様の趣旨が妥当する。そこで、実況見分調書にも321条3項の「書面」が含まれ、作成者が公判廷で真正作成供述をすれば、証拠能力が認められると解する。
(2) したがって、証拠①も同項の「書面」にあたり、Kが公判廷において真正作成供述を行うことで、証拠①の証拠能力が認められる。
第3 証拠②(鑑定書)について 
1 鑑定書は、「公判期日に代えて書面を証拠」(320条1項)とするものであるから、伝聞法則が適用され証拠能力が否定されないか。
 鑑定書の記載内容が真実であってはじめて要証事実である覚せい剤の検出の事実を証明できるから、内容の真実性が問題となり、伝聞法則の適用がある。もっとも、鑑定書であるため、321条4項により例外的に証拠能力が認められないか。証拠②の鑑定書は捜査機関の嘱託より作成されたものであって、裁判所が鑑定を命じて作成されたものではないことから、かかる鑑定受託者が作成した書面であっても321条4項の適用があるか問題となる。
(1) 321条4項が緩やかな要件の下に証拠能力を付与したのは、鑑定人は特別の専門的知識を有し信頼性があり、また、鑑定内容は複雑であるから書面にした方が正確かつ詳細だからである。そして、嘱託者は異なるものの、鑑定受託者による鑑定の場合もかかる趣旨は妥当する。
 そこで、鑑定受託者作成の鑑定書に、同条項が準用されると解する。
(2) したがって、真正作成供述がなされることで証拠②の証拠能力が認められる。
2 そうだとしても、鑑定の前提となる血液採取は違法な捜査であることことから、違法収集証拠として証拠②の証拠能力が認められないのではないか。
(1) そもそも、違法に収集されても現に存在する被供述証拠の証拠価値に影響はないから、その証拠能力を否定することは真実発見要請(1条)に反する。他方、違法収集証拠を用いることは司法の廉潔性を害するし、将来の違法捜査抑止の見地からも妥当でない。また、1条は人権保障を全うを規定するところ、基本的人権たる適正手続の保障(憲法31条)の見地からも、違法収集証拠の採用は妥当ではない。そこで、令状主義の精神を没却する重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来の違法捜査抑止の見地から相当でない場合には、証拠能力を否定すべきと解する。
(2) これを本件についてみると、前述のとおり、令状の発布を受けずに血液検査を行ったことは令状主義に反するものであるから、令状主義の精神を没却する重大な違法がある。また、このような強制採血を認めてしまうと、将来にわたって故意に無断で採血をする行為が横行するおそれがあり、鑑定書の証拠能力を肯定することは将来の違法の見地から妥当ではない。
(3) したがって、証拠②の証拠能力は否定される。
以上


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