民事訴訟法 問題2

 工務店Xは,Yからその自宅の耐震工事を請け負い,工事を完了して引き渡した。 
 ところが,Yが請負代金500万円を支払わないので,XはYに対して請負代金請求訴訟を提起した。

問1.
 Yは,第1回口頭弁論期日において,「私は確かに請負契約を締結しました。しかし,我が家の耐震強度は十分で耐震工事など必要ないのに,Xが,『耐震強度が足りず建築基準法に違反している。』と偽って私に工事を勧めたため,私は工事をしなくてはならないものと信じて契約をしたのです。私は騙されたのですから,請負契約を取り消します。」と答弁した。
 Yの主張の訴訟法上の意味について説明しなさい。

問2.
 Yは,第3回口頭弁論期日において,「仮に不必要な工事ではなかったとしても,Xの工事は欠陥だらけで,床下の工事がずさんだったせいで床が傾いてしまいました。とても住める状態ではないので,私はXに対して瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を有しています。他の業者に見てもらったところ,損害額は400万円であることがわかりましたので,差し引き100万円しか支払う義務はありません。」と主張した。
 この場合に,裁判所は問1におけるYの主張について何ら審理することなく,問2におけるYの主張についてのみ審理し,判決をした。この判決の当否について検討しなさい。

問3.
 Yは,第3回口頭弁論期日に問2の主張をした後,Xに対し別訴で瑕疵修補に代わる損害賠償を求める訴えを提起した。
 このような別訴の提起は許されるか,検討しなさい。


第1 問1
1 請負契約を締結した事実を認めるYの主張は、裁判上の自白(179条)が成立するものとして、裁判上の自白としての訴訟上の意味を有しないか。
 裁判上の自白とは、相手方の主張する自己に不利益な事実を認める旨の期日における弁論としての陳述をいう。
(1) まず、証拠と同様の機能を営む間接事実や補助事実につき拘束力を認めると自由心証主義(247条)に反するので、「事実」とは主要事実をいうと解する。
 そして、基準の明確性の見地から、自己に不利益であるとは、相手方が証明責任を負うことを意味すると解し、また、基準の明確性及び実体法との調和の見地から、自己に有利な法律効果の発生を定める適用法条の要件事実について証明責任を負うと解する。
 これを本件についてみると、請負契約締結の事実は、請負代金債権の発生の有無の判断に直接必要な、Xに有利な法律効果の発生を定める民法632条の要件事実であるから、Xが証明責任を負う主要事実である。したがって、かかる事実は、Yにとって自己に不利益な事実といえる。
(2) また、上記事実は請負代金請求訴訟の請求原因である以上、訴状に記載されているべきものであるから(民事訴訟規則53条1項及び同56条参照)、原告Xは遅くとも第1回口頭弁論期日において主張しているはずである。したがって、特段の事情のない限りは、相手方Xの主張する事実といえる。
(3) そして、上記陳述は、第1回口頭弁論期日においてなされた主張であるから、期日における弁論としての陳述といえる。
(4) したがって、Yの上記陳述には裁判上の自白が成立し、この陳述は裁判上の自白という訴訟上の意味を有する。
2 次に、Xに騙されたことを理由に請負契約を取り消す旨のYの陳述は、詐欺取消権(民法96条1項)の行使により請負代金債権の存在を争う主張である。そして、詐欺取消しの主張は、請負契約締結の事実及び仕事の完成という請負代金請求の請求原因と両立する事実の主張であって、これから生じる請負代金請求権の発生という法律効果を妨げる主張であるから、抗弁という訴訟上の意味を有することなる。
第2 問2
  Yは、詐欺取消しの抗弁に加えて、仮定的な抗弁として瑕疵修補に代わる損害賠償請求権との相殺を主張しているところ、裁判所は取消しの抗弁につき何ら審理することなくYの相殺の抗弁につき審理して判決を出している。そこで、他の抗弁について審理せずに相殺の抗弁について審理をすることが許されるか、相殺の抗弁の法的性質と関連して問題となる。
1 そもそも、審理の弾力化を図るべく判決理由中の判断には既判力が生じない(114条1項)ため、仮定抗弁を先に審理したとしてもこれを提出した当事者に不利益は生じないから、裁判所は仮定抗弁を先に審理できるのが原則である。
 しかし、相殺の抗弁については判決理由中の判断であっても既判力が生じるされるところ、これを先に審理して請求棄却判決した場合には、自己の債権をもはや行使できなくなる点で実質敗訴という不利益が生じる。
 そこで、相殺の抗弁については当事者の主張順序に拘束される予備的抗弁であると解すべきであり、他の抗弁の審理に先立って相殺の抗弁について審理することは許されないと解する。
2 したがって、詐欺取消しの抗弁につき審理することなく予備的抗弁たる相殺の抗弁について審理した本件判決は、不当である。
第3 問3
  Yは、請負代金請求訴訟において損害賠償請求権を相殺の抗弁に供しているにもかかわらず、これについてさらに別訴提起することは、二重起訴禁止(142条)に反し許されないのではないか。
(1) この点について、相殺の抗弁は、単なる防御方法にすぎず、「係属する事件」にあたらないから、142条の直接適用はない。
(2) しかし、142条の趣旨は、主に矛盾判決の防止にあるところ、相殺の抗弁のついての判断には既判力が生じる(114条2項)以上は、かかる趣旨が妥当する。これに対しては、相殺の抗弁は予備的抗弁であり、これにつき判断がなされるかは不確実であるから二重起訴禁止には触れないとの考えもある。しかし、142条は既判力が現実に抵触することを前提とするものではなく、既判力が抵触するおそれのある事件につき予め矛盾判決の危険を防止しようとする趣旨と考えられるため、かかる見解は取り得ない。
 そこで、既判力の抵触のおそれが認められない例外的な場合を除き、相殺の抗弁に供している債権についてさらに訴訟が提起された場合には、142条が類推適用されると解する。
2 これを本件についてみると、Yは別訴提起しているのであるから、既判力の抵触するおそれが認められない例外的場合にあたらない。
 したがって、142条類推適用により、Yによる別訴提起は不適法なものとしてゆるされない。
以上


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?