好きな短歌|塔2024年8月号

塔2024年8月号より好きな短歌です。いつもありがとうございます。

死のあとはしばらく花が飾られたデスクマットを細く巻きとる/荻原伸

塔 2024年8月号 p.11

同僚の死と読んだ。一度使用したデスクマットを細く巻き取るのは結構力がいる。巻き取る行為も含めて儀式のよう。

建て売りの住宅街もゆふぐれは民話のやうな片陰つくる/越智ひとみ

塔 2024年8月号 p.34

建売住宅がたくさん並ぶとき、家というよりは工業製品のような見た目をしている。けれど影の佇まいは昔ながらの家と大差がないのかもしれない。「民話のような片陰」はそこに暮らしがあることをほのかに思わせる。

死後臓器提供しますという意思を細字で記す保険証裏/田村龍平

塔 2024年8月号 p.73

自分の最期に関わる大切なことを記すのに、保険証裏は狭いので細字にならざるを得ない。アンバランスさの発見と思う。

ゆびとゆびあわいに残る感触をながめるこれはさみしい跡地/鈴木精良

塔 2024年8月号 p.95

もうその感触を与えてくれた人とは会うことはない(会っても手を繋ぐことはない)のかもしれない。感触は目に見えないはずだが、それを眺めるという行為がいっそう切ない。

(付箋紙は本を傷める)読むことはわれを知ること(付箋紙を貼る)/丸山萌

塔 2024年8月号 p.102

本を傷めるから付箋紙を貼りたくない気持ちと、貼りたい気持ちがせめぎ合う。「読むことはわれを知ること」と主体の行動は後者に傾いたのだろう。心強いことばだ。

民衆を幸せにした罰として懇親会に放られている/中森温泉

塔 2024年8月号 p.113

民衆を幸せにした罰というのはどこか神話的だが、懇親会で急に現実に引き戻される感覚がある。罰として懇親会があるという把握がおもしろい。

踏むたびに靴のかたちをあらはにすきのふの雨をたたへて土は/中野功一

塔 2024年8月号 p.131

足跡がつくこと=靴のかたちをあらわにすることという気づき。ぬかるんだ地面に足跡が残る経験は何度もしてきたけれど、視点を変えればこんなにも豊かな歌になる。

コンサートに「会う」という語をあてがえる夜があるなり(昼もあるなり)/星亜衣子

塔 2024年8月号 p.150

いつだってコンサートは「会う」ものなのかもしれないと思う。結句(昼もあるなり)の律儀なダメ押しが、アーティストへの敬愛を感じさせる。

大雨の入学式に「麗らかな春のこの日」と校長 どうして/黒澤沙都子

塔 2024年8月号 p.159

うっかり原稿通り読んでしまったのか、そういうことに無頓着なひとなのか。きっと口には出さないけれど、その場の多くの人が「どうして」と思ったことだろう。一字空けが効いている。

すこしづつ記憶をごみに出す支度これはうれしい紙これはかなしい靴/藤田ゆき乃

塔 2024年8月号 p.166

うれしい(ことが書いてある)紙、かなしい(ことがあった日に履いていた)靴と読んだ。省略によって、物とそれにまつわる感情とがより近くなるように感じる。

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