好きな短歌|第14回毎月短歌自選部門(吉村のぞみ選)

吉村のぞみです。
このたび、第14回毎月短歌の選者(8月自選)を務めさせていただきました。素敵な機会をありがとうございました。
特に好きな歌7首を選ばせていただきました。

特選1首

気を抜くと啓発されてしまうから足早に去る本屋の区画/海老珊瑚

https://twitter.com/absango_tanka

くすっと笑えて共感できる歌です。ビジネス書や自己啓発書などのコーナーでしょうか。他の区画と同じようにただ本が並んでいるだけなのですが、なぜだか四方八方から励まされたり急かされたりしているような感じがして、元気のないときに行くとすこし疲れてしまう場所でもあります。
「気を抜くと啓発されてしまう」というややシニカルな言い回しに、納得感と面白さがあります。

準特選2首

遠花火 あなたの恋を聞きながら誤植のような月を見ている/あひる隊長

https://twitter.com/taicho_ahiru_tw

好きなひとの恋の話を聞かされ、今まさに失恋をしている場面と読みました。誤植のような月という比喩がユニークです。誤植については様々な解釈ができそうですが、失恋の場面にそぐわない月、明るすぎる月をイメージしました。
「誤植のよう」と斜めに月を捉えながらも、今は縋るような気持ちでそれを見ることしかできない、しかも今日は花火大会。やり場のなさと比喩の面白さのバランスが絶妙です。

だがそれはきみの意見で羊にも聞いてみないとわからないです/小野小乃々

https://twitter.com/aurora_konono

「だがそれは」という初句、さらに「意見」と言われると、何か議論でも始めたいのだろうかという印象を受けます。
そこからの唐突な羊の登場に、いい意味で拍子抜けしました。結句「わからないです」は突き放すようでありつつ、どこか新人アルバイトのようなたどたどしさがあります。もしかしたら議論を始めたかったのは「きみ」のほうで、主体はもっとふんわりとした話がしたかったのかもしれません。色々と想像したくなる歌でした。

佳作4首

偶然を装い何度も付いて来る曲がっても曲がっても新月/雨

https://twitter.com/NAVYBLUE1377562

曲がっても曲がっても月がついてくるな、ということは多くの人に経験があると思いますが、結句の新月にドキッとしました。
見えていないはずの新月がついてくるというのはどこか不思議な印象を受けます。また「偶然を装い」というのは「付いて来る」よりもさらに人間らしい擬人化で、意思を持ってついてくる月を思います。すこし怖いけれど惹かれる歌でした。

ぱ、い、な、つ、ぷ、る、うしろ姿にいつまでもとらはれてゐる夏の青天/碧乃そら

https://twitter.com/hane_ao22

じゃんけんグリコの場面、主体は子どもかもしれないし、高校生くらいかもしれません。一緒に遊んでいる相手のことをちょっと好きなのかなと読みました。
ぱ、い、な、つ、ぷ、る、と大股でどんどん先に進んでいく後ろ姿は、いつかくる別れを予感させるようなさみしさもあります。「ぱいなつぷる」と「青天」の取り合わせも爽やかです。

「スイミー」と声がハモって水槽の魚のようにきみと群れたい/真朱

https://twitter.com/l0vemash

『スイミー』は小学校の教科書にも載っていたりするので、水族館のイワシの水槽を見てスイミーを思い出す人は多いのではないでしょうか。
「群れたい」という願望は大胆なようでささやかで、主体と「きみ」はそこまで親密ではないのかも、とさえ思います。声が重なる瞬間に、お互いの子ども時代を共有できたような嬉しさがあったのかもしれません。

唐突に煮卵とかを極めちゃうニンゲンですがよろしくね、ネコ/てと

https://twitter.com/teto_starlight

新しい猫を家族として迎える場面と読みました。猫に対する自己紹介のようですが、煮卵の良し悪しなど猫にとってはどちらでもいいことでしょう。
唐突に煮卵作りを極めてしまうところ、猫に対しておそらく有益でない情報を持ち出して自己紹介をしてしまうところ、煮卵「とか」という雑さなど、主体の憎めない人間性を好きになりました。「ニンゲン」「ネコ」というどこか無骨な呼び方も、主体のキャラクターを立たせています。

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