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監視員しおりは座らない #01 かんぬき

美術館の監視員の仕事と聞くと、どんなイメージを持つだろうか?

ただ椅子に座っているだけの楽な仕事?

何をしているのか分からない謎な職業?


私も子供の頃はそう思っていた。『あの人は何者?』と……

そんなとき、母親に教えてもらった。

『お客さんが心地よく鑑賞できるように展示室を監視しているのよ。絵画は繊細だから、誰かが触って傷がついたり、展示室に虫が入って環境が悪くなったりしたら大変なの。監視員さんは絵の守り神みたいな人たちなのよ』


私はこの言葉にモーレツに感動し、幼少期から監視員としてのスキルを磨き続けた。家では自宅に虫が入らないように監視し、学校では宿題の絵が触れられないように監視した。勿論、誰一人として触る人間などいないが、とにかく休み時間は常に絵の前にスタンバっていた。

そして、大学生となった二年前。念願だった美術館の監視員のアルバイトに合格。最高の監視員を目指すべく、日々試行錯誤している。


そんな私は今回、国立新美術館で開催されている【ルーブル美術館展・愛を描く】の監視を担当することに。

今日はその初日。持ち場には椅子が置いてある。


けれど  私は座らない。

監視員として、私はお客様がいる限り。


『まもなく開場しまーす』

さぁ、いよいよだ。今日もまた、私の座らない一日がはじまる。



今日、私が担当しているエリアにあるのは【かんぬき】という作品だ。

作者は18世紀フランスの画家 ジャン=オノレ・フラゴナール。スポットライトの様な強い光に照らされた一組の男女。女性は情熱と欲望に駆られた男性の誘いを拒もうとしたものの、男性が扉にかんぬきをかけた瞬間、身を委ねた。そんな場面を描いたとも言われている。でも  

私は誰とも付き合った事がない。愛って、一体どういうものなんだろう?



ー国立新美術館・展示場ー

(絵画に近づく二人の男女)


男:お、コレ【かんぬき】っていうんだって

女:この作品のどのあたりが【かんぬき】なの?

男:さぁ?

女:そもそも、かんぬきってなんだっけ?

男:あー、アレだろ。缶詰あける……

女:うんうん  


史:(心の声)違います違います。それは、缶切りです。


女:え?え、いやいやいや、缶詰なんか置いてないじゃん

男:ほら、机の上にリンゴ転がってんじゃん

女:うん

男:これが缶詰の中に入ってたんでしょ?


史:(心の声)ちょっとちょっと!そのリンゴは原罪を意味し、男女が禁断の愛に溺れていることを暗示しているって言われているのに……伝えたい、ものすごく伝えたい。でも私は監視員、出しゃばりな行動は厳禁だ。


女:ふっ、缶詰の中にこのサイズのリンゴ入らないでしょ?

男:大きめの缶詰だったんでしょ?1778年ってかいてあるし、携帯電話と一緒で昔は缶詰も巨大だった。みたいなさ?


史:(心の声)缶詰方向で話を広げないでほしい。


女:待って、てか【かんぬき】ってさ……このドアに付いてるやつじゃない?鍵的な、


【ピンポンピンポン♫】

史:(心の声)そう!それです!


男:あー、トイレとかにも同じようなの付いてるよねぇ。んーでもさ、この作品なんで【かんぬき】ってタイトルなんだ?男性が女性に抱きついてんだから……もっと別のタイトルでもいいと思うけど

女:わかってないなぁ。これは抱きついてるんじゃなくて、男性が女性を連れ込んで、扉にかんぬきかけてるとこなの。この【かんぬき】がタイトルだから……あの男性の情熱とか、欲望を感じたり、女性が『いやよ』って拒んでる想像が膨らむんじゃない?

男:はぁ〜

女:そういうのが面白いんじゃない?


【ピンポンピンポン♫】
史:(心の声)おぉぉ!なんと、その通りです!


男:はぁ〜そういうモンかねぇ。

女:うん、そういうモンだって……ちなみに自分だったら、なんて名前つける?

男:え、僕? 僕だったら……二人のXXXX。とか?

女:うん……それは、それでアリかも。っふふ


史:え、なんて名前を付けたんですか? 聞きたい、聞きた過ぎる。でも……私はあくまで、あくまで監視員。出しゃばりな行動は厳禁だ。


女:でもちょっと気になるのがさ、ベッドが既に乱れてるんだよ。

男:あ、そうだね……なんで気になるの?

女:部屋に入ってこれからってシーンなら、ベッド乱れてなくない?

男:うん、たしかに。

女:あー、私  気づいちゃったかも。

男:なになに?

女:これもう色んな事が終わってて、男性が【かんぬき】開けて出ていこうとしてるのを女性が引き止めてるんじゃない?

男:え、ホントに?

女:ちょ……ちょっと聞いてみよ?

男:うん

(聞き耳を立てている史緒里の方に視線を向ける女性)


女:あのぉ、この【かんぬき】って実は……部屋から出ていこうとする男性を、女性が引き止めてたりとか……してません?

史:深い洞察力でございます。カタログには書いていないのですが、この作品、そういう捉え方もあると言われています。

(冷静を装うが、興奮を抑えられず若干早口で答える史緒里)


男:ほぉ〜

女:やっぱり。全然違った見方できて面白いね……教えてくれてありがとうございます。

史:いえいえ

男:でも、なんでこの女性の気持ちそんなに分かるの?

女:え?

男:いや、なんで分かるのかなって

女:いや、まぁ。ま、それは……なんか女の勘みたいな?

男:えぇ? 勘とも違くない?


史:(心の声)女性がピンチに陥ってる。もしかして彼女、過去に何かあったの? かんぬき? かんぬき的な? とりあえずここで喧嘩されても困る……


史:わたしも、同じように見えましたから、女性なら自然に感じ取れるのかもしれません。

女:そう。そう、なの。

男:そういうものかなぁ

史:そういうものなんです。

男:ふーん。勉強に、なります。


史:(心の声)よし、乗り切ったぁ! あれ? なんで私が喜んでるんだ?


女:でもさぁ、この一枚の絵にこんなに物語が詰まってるってすごいよね

男:うん

女:このシーンから連ドラの一話が始まりそう。

男:たしかに。


史:そう! そうなんです! 絵画って連ドラの第一話みたいなんです。その気持よく分かります、彼女とは話が合いそう。仲良くなりたい、友達になってくださいと言いたい!でも、私はあくまで監視員だ。美術館で監視員にいきなり友達になってくださいと話しかけられたら流石に怖すぎる。


女:次いこっか。

男:うん、そうだね。


史:(心の声)あぁ、行ってしまった……ん? いや、女性が戻ってきた。


女:ありがとね

史:お役に立てて良かったです

女性:じゃあ


史:(心の声)すごい素敵で楽しいカップルだったなぁ。一つの作品を見ながら、あぁやって話し合う関係って理想かも。たとえ絵の理解が異なっていたとしてもいい。話し合うこと自体が、一つの……愛なのかな?


ま:先輩、交代の時間です。

史:あ、そうだね。

ま:なにかありましたぁ?

史:まどかちゃん。愛ってなんだと思う?

ま:は?

史:愛って何なのかわかる?

ま:愛は愛じゃないですか?

史:具体的には?

ま:説明するものじゃなくて、感じるものですから。フィーリング、そういうモンですよ。


史:(心の声)聞いた相手を間違った!



ルーブル美術館展は愛をテーマにしているのに、私はまったく愛を知らない。愛を知ることが出来れば、もっと絵の事を理解できるのに……

愛って一体なんなの?


ーto be continued…?ー









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