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ソラを見上げて #29 努力感謝笑顔、勇気

2024年9月
生まれ故郷の平塚の海を訪れた梅澤は自身の弱さと向き合う。山下美月をはじめ海岸に来ていたメンバーに隠していた真実を明かし、仲間の優しさと絆を改めて強く感じたのだった。山下らメンバーは梅澤が語る真実と正直な感情を受け止め、安堵する。続けて梅澤は、その真実をSHOWROOMの生配信でファンへ打ち明ける事を決意する。

(平塚ビーチパークの出来事から数日後…)


―SHOWROOM株式会社・楽屋―

今:出来るわけないだろう!

梅:お願いします。

今:そんな事したらどうなるか分かってるのか!?

遥:どうしたんですか?

(今野の大声に気づき、廊下で待機していた遥香が楽屋に入ってくる)


今:配信中、コメントに一切フィルターをかけるなって

遥:えぇ!? そんな事したら——

今:全部素通りだ。厳しい意見、暴力的なコメントだって目に入ってくる。それは梅澤だけでなく配信を見ているメンバーの目にも入るって事だ。そしたらどうなる? 生配信に恐怖心を持ってしまうメンバーが出てくるかもしれない。

遥:美波さん、どうしてそんな事を?

梅:確かに今野さんの言う通りです。でも……今日は正直に全部話すって決めたんです。だから配信を見ているファンからも正直な気持ちや意見を聞きたいんです。

遥:正直な、気持ち……

今:言わんとしてることは分らんでもないが——

遥:やってみませんか?

梅:かっきー……

今:賀喜まで何を言ってんだよ!

(予想外の遥香の反応に声を荒げる今野)


遥:今野さん。

今:なんだよ?

遥:これまで美波さんがグループの為にしてきた事、私達後輩にしてくれた事。乃木坂46のキャプテンとしてメディアや歌番組に出演してきた事。私含め、ファンは見ています。

今:何が言いたいんだ?

遥:もし、美波さんの配信中に酷いコメントや批判的な意見が多く寄せられたのなら、今の乃木坂46はそこまでのグループだったって事です。

今:おい、いきなり何を——

遥:美波さんとファンを信じましょうって言ってるんです。こんなにグループのこと考えて、悩んで、苦しんで、久保さんの事で一番泣きたいのは自分なのに私達を引っ張ってきてくれたじゃないですか。

今:分かってる! 分かってるよ、俺だって梅澤の気持ちを汲んでやりてぇよ。でも今後の事を考えたら不安になるだろう。

林:じゃあ4人で割りましょ。そしたら今野さんの責任も軽くなりますよね?

梅:瑠奈!

(さも最初から会話に参加していたかの様に林が楽屋に入ってくる)


林:幸いここにはキャプテン、副キャプテン、グループのエース。そして会社の一番偉い人がいるんですから。割るには丁度良いメンバーじゃありません?

今:林、お前——

林:少しは私にも背負わせて下さいよ。ま、美月さんの受け売りですけど

遥:やるじゃん、瑠奈。

(ハイタッチをする遥香と林)


林:もし美波さんに酷い言葉を浴びせたり、泣かせたりする奴がいたら……

林&遥:私達がギッタンギッタンにしてやります!

梅:ありがと、二人とも。

今:いつから乃木坂は武闘派集団になったんだ?

遥:えへへ

梅:キャプテンに似るんですかね?

今:おいおい勘弁してくれよ。

梅:ふふ

今:あーもう好きなだけやってこい!

(諦めたように楽屋のソファーにどかっと座り込む今野)


梅:ありがとうございます。

今:やるからには見せてくれ。梅澤の覚悟も、乃木坂の未来も。

梅:はい。行ってきます。

林&遥:行ってらっしゃーい!

(楽屋を出ていく梅澤に手を振る林と賀喜)



―SHOWROOM・配信部屋―

(乃木坂46のメンバーにとって見慣れた部屋。かわいい装飾と一脚のソファー。そして配信用の機材が置かれている)


梅:すぅ……はぁ。よし。

(意を決して配信用カメラのスイッチを押す梅澤。しばらくするとモニター画面に梅澤の姿が映し出され、視聴者のコメントが高速で流れ込んでくる)

【コメント欄】
梅―!
ちょっと疲れてる?
今日も仕上がってる!ビジュやば
梅の配信っていつ以来?
何かの告知なのかな?
一生働くから結婚して!


(この日の配信は公式HPとSNSを通じて告知されており、配信内容については『梅澤美波からの大切なお話があります』とだけ記載され配信前からネット上で話題になっていた)

梅:こんばんは。見えてますか? 梅澤美波です。今日は皆さんにお話したい事があってこの場をお借りしています。最後まで聞いてもらえたら嬉しいです。


梅:昨年からファンの皆さんには色々と心配をかけてしまってすみません。ミーグリや握手会で直接声をかけてくれる方もいたので、私に対してどう思ってるか? とか、疑問に思っている事とかは伝わっていました。

梅:ですが、私自身がその問題——というか現実に向き合えない状態が続いてしまい、2年も経ってしまいました。その間、皆さんへ何の説明できず本当に申し訳ありません。

(ソファーから立ち上がり、深々と頭を下げる梅澤。再びソファーに座り、ゆっくりを口を開く)


梅:皆さんにお伝えしたい事は2つあります。1つは空扉の事。そしてもう1つはこれまでのグループ活動の事です。

【コメント欄】
空扉?なにかあったのか?
やっぱりか。おかしいとは思ってた。
権利問題とかでアニメ会社と揉めたのか?
え、何も知らなかったの俺だけ?
2年間一切披露してこなかった。
偶然にしても歌わな過ぎとは思ってた。
まじか、気づかなかった。
意図的に歌わなかったって事?


梅:……(コメント欄を見ている) うん。まず空扉の事からお話しますね。


梅:約二年前から今日に至るまで、乃木坂46が空扉を歌うことはありませんでした。その理由は、私が空扉を歌えなくなったからです。

梅:久保が亡くなってから……空扉が歌えなくなりました。私自身が2年前の久保の死を乗り越えられていないのが原因です。

【コメント欄】
空扉だけ?
久保ちゃん関係あんの?
意味わからん。ちゃんと説明して
俺もまだ乗り越えられてないよ


梅:久保が亡くなった当日。私は早朝からサンドウィッチマンさんと一緒に登山ロケをしていました。山頂にある神社には病気平癒祈願のお守りがあって、そのお守りを久保に渡そうっていう企画でした。

梅:でもその夜、久保の容体が急変して……駆けつけた時には息を引き取っていました。三期の中で私だけが久保を看取ってあげられなかった。このお守りを渡す事も叶いませんでした。

(首から下げているお守りを手に取って見つめる梅澤)


梅:どうして傍にいてあげなかったんだろうってとても後悔しました。久保の為に行ったのに……帰ってきたら久保は冷たくなってて、声をかけても何も反応しなくて。目に映るすべてが受け入れられませんでした。

梅:頭が真っ白になって、そのまま病室を出て……気が付いたら病院の屋上に立ってました。自分でもどうして屋上に行ったのか覚えていないんですけど、そこで見た景色は鮮明に覚えていて……

梅:綺麗な青空でした。雲一つない、絵にかいたような青空。でも、その青空をどう受け止めていいか分からなくて……込み上げてくる感情に任せて空に叫んでました。『久保を返せ』『ふざけんな』って



―SHOWROOM・副調整室(サブ)―

遥:うっ、えぐ……うわぁぁん

林:梅澤さん、間に合わなかったんですね

今:山にいて電源を切っていたからな。連絡とれるまで時間がかかったんだ。



―SHOWROOM・配信部屋―

梅:それ以来、青空を見るたびに……あの日の光景と感情が蘇ってきてしまうんです。

【コメント欄】
そんなことがあったのか。
無理もないよ。
梅は久保と一緒のイメージあったもんな
空に叫ぶポエマー梅ww
看取れなかったのは辛いよね
それで歌えないとかファン舐めてんだろ


梅:空扉には【青空に未来があるはずだ】っていう歌詞があるんですけど……青空を見るたびに気持ちが不安定になる様な状態では歌えないと思い、運営の方に相談して歌番組やライブのセットリストから外していただいてます。そして今も——私は克服できていません。これが2年間空扉を披露してこなかった理由です。

【コメント欄】
教えてくれてありがとう、梅
自分のワガママで一曲潰すとかありえないだろ
梅も苦しいよね
さっきから荒らしコメ見えんだけど
センチメンタル梅ww
プロなんだからそこは歌わないとじゃないか


梅:……(コメントを見ている)うん、そうだね。プロなんだから歌わないといけないよね。きっと空扉が好きな方もいると思うし……がっかりさせてごめんなさい。私にとって大切で大好きな曲だから歌いたい。もう一度、ファンのみんなと一緒に歌いたい。歌えるようになりたい。



―SHOWROOM・副調整室(サブ)―

林:今野さん、少しずつコメントが……

今:増えてきやがったな。頼むからこのまま騒ぎにならずに終わってくれ。

遥:美波さん……



―SHOWROOM・配信部屋―

梅:次にこれまでの私のグループ活動についてです。昨年、そして今年行ったライブで体調不良を理由にお休みさせていただく事が何度かありました。それは、私自身が招いた事で、決して体調不良という言葉で片づけてはいけない事なんです。

梅:乃木坂46のキャプテンにも関わらず、メンバーやファンの皆さんに空扉の事を隠したまま活動を続けていく内に後ろめたい気持ちが大きくなっていきました。このまま活動していいのかな、こんな気持ちのままステージに立っていいのかなって。そういった不安が体調に響いてしまったんだと思います。


梅:本当に——申し訳ありませんでした。

(立ち上がり、深々と頭を下げる梅澤)

【コメント欄】
謝って済む問題じゃないよね
運営もなんでそんな申し出を受けたんだ?
空扉の事はメンバーも知らなかったのか。
そこまで責任感じなくてもいいんだよ。
メンバーは納得してなさそう
ライブに命かけてるメンバーだっているのに


梅:こんな勝手なこと許される事じゃないし、ライブを楽しみに待っててくれてる皆さんを裏切る行為だと思います。これからは——

【コメント欄】
キャプテンがそんなんじゃ乃木坂も危ないな
なんかコメントおかしくね?
攻撃的なコメ多くなってる
梅に厳しすぎ
梅の脇だけで炊飯器ペロリですわ
おいおいなんか荒れてんな
いままでこんなコメント表示されてたか?


―SHOWROOM・副調整室(サブ)―

【プルルル……】

今:今野だ

『菊池です。SHOWROOMの運営からどうなってるんだって電話が来てます! 僕も配信見てますけどおかしいですよコレ。今野さん何やって——』

【ピッ】

(通話切断し、携帯電話の電源を切る今野)


林:え? 切ったんですか?

遥:……

今:ここで終わるならその程度のグループだった。そうだろ?

遥:私、何があっても美波さんについていくって決めてるんで。

林:かっきー……

今:言われてみてぇなぁ、そんな言葉。



―SHOWROOM・配信部屋―

(梅澤の告白が終わってもなお、コメント欄は辛辣な言葉や性的な嫌がらせが溢れていた)

【コメント欄】
おい荒らすなって!
ちゅっちゅっちゅ♪
なに書いても表示されるってまじ?
俺のひょろ長亭をなぐさめて!
やらかしたな運営。
乃木坂かSHOWROOMがやらかしたってことか?
大炎上じゃん()


梅:……(コメント欄を見ている)ありがとう。温かいコメントも、正直に伝えてくれる人も。私ね、今日は何も隠さずに正直に話すって決めてきたの。だから、正直に私に思ってることを書いていいよ。全部受け止めるつもりでここにいるから。


梅:全然別の話になるんだけど……先週とっても嬉しい事があったの。玲香さんと真夏さんが海に連れて行ってくれたの。しかもそこは地元の平塚でさ。最初はびっくりしたんだけど、すごく懐かしくて……学生の頃を思い出したりして、乃木坂に憧れ始めた頃の自分に戻れたような気がしたんだ。

梅:乃木坂になった自分と、乃木坂に憧れた自分を比べてみたら情けなくなってさ。私なんて白石さんの足元にも及ばないし、メンバーに迷惑ばっかりかけて、憧れどころかファンには心配かけてさ……何やってんだろうって自分にガッカリしちゃった。キャプテンなのに……

【コメント欄】
キャプテンが精神的にこんなんじゃな
四代目キャプテン発表か?
お前らもっと他に言うことねーのか
久保も安心して成仏できねーなww
コメント欄のフィルター外したのって梅本人なんじゃねーか?


梅:……(コメントを見ている)そうだよね。こんなんじゃ久保に笑われちゃうよね。キャプテンになってからは今まで以上にしっかりしないと、もっと強い自分でいなきゃってずっと思ってた。でもね——『強くなくてもいいんだよ』って玲香さんが言ってくれたの。弱音も吐いていいし、メンバーに寄りかかっていいよって。

梅:その言葉に救われたの。憧れの先輩達も同じ様に悩んでたんだって。背負ってたキャプテンっていう肩書が少し軽くなった気がして……勿論責任が伴う立ち位置ではあるんだけど、固く結んで張り詰めた気持ちが少しほどけた感じがしたんだ。

【コメント欄】
玲香と真夏が(泣)
アカン、泣ける。
見るに見かねたか。
初代と二代目が直々にテコ入れした形になるのか。
梅ちゃんの顔面に俺の……
まぁ、真夏と玲香もキャプテンっぽいキャラじゃなかったしな。
真夏はキャプテン就任発表のとき号泣してたよな。懐かしいわぁ
梅はよくやってるじゃねーか
梅にどんな荒らしも無意味
それな。


―SHOWROOM・副調整室(サブ)―

今:コメントが少し落ち着いてきたな……

(脱力した様子でパイプ椅子に腰かける今野)


今:もう大丈夫そうだ。何とかなるだろ……って、あれ?

(さっきまで同じ部屋にいた林と遥香の姿は忽然と消えていた)



―SHOWROOM・配信部屋―

梅:その場にいたかっきーは『美波さんを守ります』って言ってくれたし、瑠奈なんて泣きながら『話聞きます!』って抱きしめてくれました。私の周りにはこんなに頼もしい仲間がいるんだって……気づくの遅すぎですよね。もしかしたら、これから先もメンバーに心配かけるかもしれないけど、遠慮なく頼っていこうと思います。だから——

林&遥:これからも梅澤美波と乃木坂46をよろしくお願いします!

梅:……え?

(突如として視線は遮られ、梅澤の目の前には見慣れた制服が並んでいる)


林:あら、これじゃ顔映ってないな。

遥:首ちょん切れてるね。もう少し下がろっか

林:ん~、やっぱりここが丁度良いのか。

遥:よっこらせっと

(林と賀喜は何食わぬ顔で梅澤を挟むようにソファーの両端に腰を掛ける)


梅:え……え?

林:あの……まぁ、厳しいご意見は当然だと思います。やっぱり隠し事は良くないですし、何より私達はアイドルなんでファンの皆さんに楽しんでいただかないと本末転倒ですから。

遥:うちのキャプテンって1人で突っ走ってすっ転んでも黙って起き上がって大丈夫って言っちゃう人なんです。素直になれない意地っ張りだから弱音なんて絶対吐かないし、圧があるし目つき鋭いし。


遥:でも、私はその背中見て育ってきたし、この人についていこうって決めたんです。

梅:瑠奈、かっきー……

林:梅澤さん。

梅:ん?

林:さっきの言葉に二言はないですね?

梅:さっきの?

林:頼って下さいよ? 私達のこと。

梅:うん。

遥:絶対ですからね?

(梅澤の腕に抱き着く林と遥香)


梅:いーっぱい甘えさせてもらうから覚悟してね。

今:えー……配信をご覧頂いている皆様。乃木坂46合同会社代表の今野でございます。この度、皆様へ多大なるご心配をおかけした事につきましては乃木坂46のメンバーではなく、運営をする我々の不徳の致すところでございます。大変、申し訳ございませんでした。

(カメラの後ろ側で深く頭を下げる今野)


今:2年前に久保史緒里が亡くなり、泣きながら活動するメンバーも多くいる中、それでも前を向いていこうとグループを牽引したのは梅澤美波です。しかし、その後のグループ活動の舵取りすらも梅澤に頼り切ってしまい、運営がサポートを十分にしてこなかった結果、体調不良という事態を起こしてしまったと反省しております。一連の責任は全てわたくし今野にございます。誠に勝手なお願いではありますが、今後とも梅澤美波を始め乃木坂46を何卒よろしくお願いいたします。

梅:今野さん……

林&遥:よろしくお願いします

(深々と頭を下げる林と遥香)


梅:皆様、本日はご覧いただき本当にありがとうございます。ここにいるメンバー、そして運営会社共々、乃木坂46をよろしくお願いいたします。

【ピッ】

(配信用カメラのスイッチを切る今野)


遥:やるじゃないですか、代表

今:さっき四等分したからな。俺も出ないと不公平だろ?

林:格好良かったですよ、今野さん

梅:いきなりカメラの後ろに立っててビックリしましたけどね

今:すまなかったな、梅澤。林にも辛い思いをさせた。

梅:いえ、これまでがあったからこその今です。今、とっても幸せです

林:はい。負けるな、しょげるな、林瑠奈ですから。

遥:じゃ、帰りましょっか。

今:ホッとしたらなんか腹減ったな。飯でも食いに行くか?

三人:さんせ~い!

林:今野さんのおごりで!

今:まじかよ

梅:かっきー! 今日こそあの店リベンジしたい!

遥:はい! 今野さん、エビチリの美味しいお店があるんですけど……

―おしまい―



【おまけ】

(一時間後……)

ー都内・某中華料理店ー

梅:うまっ! このエビチリ最っ高!

遥:でしょ〜? このエビマヨもおいしいんですよ~。

今:こりゃビールが進むな。てか、ホントに俺の奢り?

林:若月さんはぜーんぶ出してくれましたよ?

遥:ねー?

今:若月? いつの間に若月と飯なんて行ったんだよ?

梅:ま、色々あったんですよ……ふふ。すいませーん! ビールおかわり!

遥:ゴマ団子追加で!

林:杏仁豆腐3つ追加!

今:ちょっとは遠慮しろよ……


【次回予告】

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