記憶

家族で出かけた日の、夜遅くの帰りの車が好きだった。わたしと、ふたりの弟は疲れ果てて後部座席で深い眠りにつくのが、遊園地や、海より心地よかった。酷く動き回った身体を、後ろまで目いっぱい倒した座席に座って、その日のために借りてきたDVD(クレヨンしんちゃんやドラえもんの映画が多かった。基本弟チョイスで、わたしは選ぶ権利を弟に譲っていた。)を見て、序盤辺りで寝てしまうのだ。見損ねた映画は、帰宅後もう一度見返すことは無かった。

旅行帰り深夜23時位、わたしが車の揺れで目を覚ました時、父と母がなにか話していることがよくあった。暗くてぼんやりとしか見えなくて、車のエンジン音に塗れながらボソボソと話しているのを聞いた。いつもの快活な父と、うっかりさんな母とは違う、ひとりのおとこ と おんな に見えた。よく聞き取れなかったけど、話している内容は心底どうでもいい内容だった。近所のおばあさんのこととか、学校行事とか、わたしたち3きょうだいのこととかを話していた。いつも、家で話していることと対して変わらないのに、両親は全くの別人に見えた。時々、わたしたちの方をチラリと向くのが嬉しかった。目を瞑って寝たフリをして両親の会話を聞くのが好きだった。わたしが目を開けると、目覚めたわたしに気づく母が、「起きたの?まだ家までもうちょっとあるから寝てていいよ」と言う。わたしが「もう眠くないから起きてようかな」と返すと、父が「今日楽しかったか?」と聞いてくる。いつも家でする会話と同じなのに、妙な特別感があった。暫くすると、それまで聞いていた音楽をやめ、母はDVDを見るか勧めてきた。どうせ途中までしか見てないからいい、とわたしが言うと、母はそう?と言ってそのまま音楽を聴き続ける。ドリカムや、サザンオールスターズや、MISIAばかりが流れ、母が口ずさむ。すると父がその曲の思い出についてひとしきり語り、母に合わせて歌い出す。家の父と母ではない、旅行帰りで少し浮き足立った おとこ と おんな の姿がそこにはあった。

わたしは、父と母が運転席と助手席の距離より近い距離に居るのを、見たことがなかった。

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