お金で買えたThank you
フランス人がフランス語しか話さないのは有名な話。本当にわからない人もいるし、それ自体は何1つ悪いことではない。オペラ座などの外国人で賑わっている場所では英語が通じるけれど、一歩路地裏に迷い込めば耳馴染みのある言語は聞こえてこない。駅もバスも殆どがフランス語表記のみだ。そんなパリで乗ったタクシーでお金の力を見に染みて感じ、虚しくなった。
オペラ座でバレエを観て、オペラ座通りで買い物をし、夜ご飯をテイクアウトし、アパルトマンに帰ろうとした時の事だった。近くでUberが捕まらず、目の前にいたタクシーに乗り込んだ。初老の白髪のドライバーが、多分どこに行きたいの?というニュアンスのことをフランス語で聞いてきたので、住所を見せると、何かをフランス語で返してくる。私が”I’m afraid but I can’t speak French at all, sorry”と言っても、御構い無しに話し続ける。そうか、私がフランス語の文章を理解できないのと同じで、英語の文章がダメなのだと思い、”No French sorry”と伝えると、怪訝そうな顔をしてiPhoneで地図を見せてきた。どうやら通行止めか何かで、遠回りをしないと行けないということらしい。そんな事はいいから家に帰りたかった私は”It’s okay”とこれ以上簡単にできない2単語で連れて行って欲しいという旨を伝えようとした。よっぽど、フランス語が話せない客が嫌だったのか、遠回りするのがめんどくさかったのか、その後もブツブツと諦めてくれ的ニュアンスの事を言われ続けたが、私のit’s okay連呼に負けたのか、ようやく発車した。運転からもわかる、機嫌の悪さ。いやいや、こっちはお金払うんだからそれはないでしょうと思ったけれど、黙って後部座席に座る。たしかに時間がかかったけれど家に着いた時、メーターには14ユーロと表記されていた。この時もドライバーは眉間にあるだけのシワを寄せて私に金を払え的な事を言ってきた。ぴったりの現金を持ち合わせていなかったので、20ユーロ渡す。お釣りを用意しようとしている不機嫌な初老のドライバーがなぜかかわいそうに思えて、”Just take everything” と伝える。すると、彼はさっきまであんなに怪訝な表情だったのが嘘のように、また驚いたように私を見つめた。そして、私の目を見て、しっかりと”Thank you. Have a good evening”と伝えてきた。6ユーロであの人から英語と笑顔を買った現実が心に重くのしかかった。初めから英語がわかるし、多少なら話せるのに、頑なにフランス語しか使わなかった彼が、たった6ユーロで私に微笑みかけた。6ユーロをバカにしているわけではないし、6ユーロでできる事は沢山ある。でも初老の男の人の心を動かすには安すぎるのでは?パリのタクシードライバーはそんなに生活に困っているのか?華やかに見えるパリの貧困を垣間見た。
お金で買えないものはないとは思わない。誰だってお金で買えないものが欲しくてほしくて苦しむ。でも、お金で買えるものももちろん沢山ある。中には買えるべきではないのに買えてしまうものもある。お金は嫌いだ。人間の醜い部分を強調する。だから出来るだけキャッシュレスに生き、現金が目に入らないようにしている。人に対する態度や接し方は、決してその人の持っているお金に依存するべきではない。そんなのは悲しい。
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