「レッスンの想い出 ~ 結婚式に招かれて*その2」
長野市のレッスン室に、社会人の女性がピアノを習いに来ていた。
どんな仕事をしてたかは覚えてないけど、草食動物のような、優しい丸い目をした20代そこそこの小柄な女の子。
講師資格を取りたいとかの具体的な目標はなく、趣味目的で、いつもポピュラー曲を1曲練習してきて、楽しそうに弾いていた。
仕事やプライベートなどには一切触れなかったので、具体的にどんな日常を送っていたかは知らないけれど、ファッションやメイクはナチュラルでシンプル。派手さはないんだけど、地味という感じもなく、全体に軽やかな雰囲気でまとめてた。たぶん、内面的にも、どんなことでも柔らかく受け止めて、周りとうまく協調できる子なんだろうな、と感じさせる娘さんだった。
そんな彼女から、結婚式への招待状を受け取った。
式当日、高校時代の恩師からの祝辞で、新郎が高校時代のクラスメイトだということがわかった。当時から、周囲も公認のカップルで、仲良く手をつないでいる姿は、まわりも応援したくなるような可愛らしい二人だったと、優しい口調で当時を回想されていた。
この日、僕が頼まれたのは、新郎新婦再入場からキャンドルサービス、ケーキカットまでピアノを弾き続けるという、まあ、けっこう重要な任務だったわけだけど、この依頼は嬉しかったね。単なるピアノの先生という以上に、ミュージシャンとして信頼してくれている証だと思ったから。僕が作曲の仕事もしてるってことも知っての上のことだったしね。
その日、既成曲は1曲も弾かず、すべて即興で弾いた。キャンドルサービスは、おだやかなヒーリング・ミュージック風に流し、ケーキカットの瞬間に向けてドラマティックに盛り上げた。
その当時、口下手だった僕にしてみれば、どんな言葉を贈るより、自分が出来得る限り最高の祝福が出来たと思う。
結婚を機にレッスンを辞めるかと思っていたが、彼女はその後もレッスンを続けた。
新婚旅行から帰って来て最初のレッスンで、式当日のピアノ演奏についてのお礼の言葉をもらったが、その中には、こんな言葉もあった。
「ケーキカットのときは、私感動して目に涙があふれました。来てくれた友だちも言ってました。ピアノがすごかったって。あの人誰なの? って聞かれました」
この時は、嬉しかったね。この娘にピアノを教えてて良かった・・・って、心の底から思えた。
レッスン終了は、思いがけない形でやってきた。旦那さんが仕事で転勤になって、県外に引っ越すことになり、全国展開の会社なので、いつ長野に帰って来れるかもわからないということだった。
「引っ越し先でも、良い先生がみつかるといいね」
最後のレッスンで、そんなことを言ったのを覚えている。
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