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回り燈籠
目を開けると、所狭しと並んだ屋台と、それに並ぶ色とりどりの浴衣が視界に入った。
どこか懐かしさを纏わせた祭囃子の合間を縫い、聞き覚えのある声が耳へと流れ込む。
「ごめん、お待たせ、かき氷。パイナップルとかあったけど、いちごで良かった?」
人混みをかき分け、両手に持ったかき氷を私の前に差し出す。人懐っこいその笑顔は見覚えがある。
「……石井くん」
そうだ、彼は石井くん。友香たちのおかげで、今日私は彼と二人きりでお祭りに来ているのだ。ずっと楽しみにしていて、学校にバレないようにこっそりとしていたバイトで貯めたお金で薄桃色の浴衣を買って……なんだか頭がふわふわして、現実と思考が上手くつながらない。石井くん、石井くん……やけに懐かしく、自分の名前のようにすら感じる。何故……?
「ん?どうかした?」
顔を覗き込まれる。やや距離が近い気はするが、嫌な感じはない。
「あ。ううん。かき氷、ありがとう。いちご貰っていい?」
慌てて返事をし、照れからか、反射的に顔を離してしまう。私の馬鹿。しかし、当の石井くんは意に介さず、にこにこしている。
(この感じ、どこかで……)
「もちろん、はい。竹添さんいちご好きなんだ」
私が差し出されたかき氷を受け取ると、石井くんはストロースプーンで自分の分のかき氷をざくざくと掘り、食べ始めた。
無言。
祭囃子が止む。
(あ、今だ)
私が石井くんの方を向くと同時に、彼の口が開いた。
「人酔いは、具合は、どう?」
(人酔いは、具合は、どう?)
頭の中で、声が重なって聞こえる。私は確かに、この状況に覚えがある。彼は、人混みに酔って気分が悪くなった私を気遣ってかき氷を買ってきてくれて、そして、この後……
既視感。
困惑が心を支配する。
しかし、私の体は自身の心の戸惑いなどお構いなしに口を開いていた。
「あ、うん。もう大丈夫だよ。ありがとう」
(あ、うん。もう大丈夫だよ。ありがとう)
自分の声も、頭の中で重なって聞こえる。
「そっかそっか、よかった」
(そっかっそっか、よかった)
石井くんは、心底安心したように言葉をつなげる。
「もうすぐ花火上がるけどさ、俺、とっておきの場所知ってるんだ。まあ、他にも何人かはいると思うけど、よかったら、行ってみない?」
(よかったら、行ってみない?)
「うん、行く。教えて」
(うん、行く。教えて)
またも私の体は、私の心を追い越していった。
石井くんの案内してくれた道は、初めて歩く道なのになぜか覚えがあった。屋台の裏を通り、神社の手水舎を抜け、参道を進む。左に大きな木の根っこが出てる所があるから注意しなければ……知らないのに知っている、そんな何とも不思議な感覚を抱いてもやもやしているうちに、気が付けば石井くんの「とっておきの場所」に着いていた。神楽殿の横、少し開けた場所と、腰掛に丁度良い大きな岩。
「お、誰もいないね。ここなら竹添さん酔わずにすむかも、と思ってさ」
そう言って石井くんは振り返り、ふにゃりと笑った。懐かしい。
(私はもっともっと、あなたの笑顔を傍で見ていたかった)
「あ、ほら。花火始まったよ」
街全体を包み込むような破裂音と共に、光の花が夜空に広がる。赤色、緑色、青色、そして桃色……それは鮮やかに私たちを彩り、すぐに消えた。
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「ねえ、石井くん」
私は彼の方へ顔を向けた。花火がはじける前の束の間の静寂の中、彼の顔は不思議とぼやけている。よく見ようと目を凝らし、
世界は暗転した。
私は、深い深い闇の中にいた。
私のすぐ横で、あの時の花火が上がる。その灯りに照らされた私の手には、深い皺が刻まれていた。
私は全てを理解した。薄れゆく意識が、それを肯定している。心が、体が周囲の闇に包み込まれていく。不思議と不快感はなく、どこか心地良い。
石井くんが……あの人が、どんな顔で花火を見ていたのか、見るまでもなく、私は知っている。あの人なら、きっと少年のように瞳を輝かせていたに違いない。四十年、それは変わらなかった。
「向こうで、もう一度あなたに会いたい」
私の意識が闇に溶け込むまで、あの日の花火の灯りはこうこうと辺りを照らし続けていた。
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