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小児がん・血液疾患症例は、診断時に精原細胞が減少している

"Childhood cancer and hematological disorders negatively affect spermatogonial quantity at diagnosis: a retrospective study of a male fertility preservation cohort"

Human Reproduction, 2023

今月最後は、がんや血液疾患が男児の精原細胞に与える影響について調べた多施設共同研究になります。来月がん・生殖医療学会で講演する内容にも関わってくるため、大変興味深い内容です!

はじめに

現在、小児がん患者の5年生存率は80%以上で、がんサバイバーの妊孕能、および妊孕性温存はとても重要です!
アルキル化剤ベースの化学療法は、精巣毒性が高く、重度の造精機能障害を来たしうることは周知の事実ですが(だから治療前の精子凍結が重要!)、化学療法前でも造精機能障害があることもまたよく知られています。
しかし思春期前のがん患者の精巣機能や生殖細胞について調べた研究は少なく、結果に一貫性がないため、明らかにするのがこの研究の目的となります。

対象と方法

対象者
2011〜2018年にアムステルダム大学病院、2002年〜2017年にブリュッセル大学病院で、化学療法・放射線療法前の妊孕性温存プログラムに参加した、14歳未満男児の精巣組織サンプルと臨床データがもとになりました(精通前につき精巣組織保存を行っていた!)。除外基準は本文参照です。

患者データ
・精巣組織採取時の年齢(0〜4歳、4〜7歳、7〜11歳、11〜14歳)
・精巣体積(超音波による)
・年齢調整身長・体重
・診断に基づいた分類(中枢神経系以外の固形がん、中枢神経系がん、血液がん、非悪性血液疾患(鎌状赤血球など)、の4分類)

精巣組織
精原細胞の特異的マーカーのMAGE-A4を使用
・染色は3.3'-ジアミノベンジジン、対比染色はヘマトキシリンで可視化
・2つ以上の切片を採取し観察。1患者につき30〜100精細管断片を評価
・MAGE-A4陽性細胞をカウント、精細管断面当たりの精原細胞数(S/T)を定量化
精原細胞を含む精細管断面の割合(TFI)も評価

対照群データ
もちろん対象患者(健康な男児)の精巣組織を採るわけにはいかないので、先行研究の要約統計(年齢層の分布、サンプルサイズ、S/T平均値とSD)から対照群のS/TをRのtruncnormパッケージでシミュレーションしました(5つのデータセットを作成し、先行メタ解析からの95%CIつきの非線形回帰モデルで検証)し、統計解析の際には患者群と、5モデル中4モデル以上で有意な差を認めた場合に有意差ありと判断しました。TFIも同様にシミュレーションしました。

統計解析
ベースライン変数に関して(カテゴリ変数)カイ二乗検定を、精原細胞量が減少している患者数の比較はFisherの正確検定を、各シミュレーションモデルと患者群で連続変数(精巣体積とTFI)について(Studentの)t検定とマンホイットニーU検定で比較しました。

結果

対象患者さんのフローダイアグラムは図の通り。最終的に解析対象となったのは101例。

①患者の特徴
・固形がん34.7%、中枢系29.7%、血液がん17.8%、血液疾患17.8%
・固形がんのうち横紋筋肉腫とユーイング肉腫が60%を占める
・中枢系腫瘍の最多は髄芽腫(43.3%)、血液がんはホジキンリンパ腫(27.3%)
・診断時年齢、身長・体重、一般健康状態に群間差を認めず

②精原細胞の減少した患者の割合
患者群でS/T量が減少(48.5% vs. 31.0%, p<0.05)
精原細胞は2.0%で完全に消失(対照0.6-1.0%,有意差検定なし)
・疾患別では中枢系腫瘍と血液疾患がS/T減少を来たしやすい

③年齢ごとの精巣容積、精原細胞量、分布と分化
・overallと年齢層ごとの精巣容積は対照群と有意な差を認めず
平均S/Tは0-4歳、4-7歳で有意に低かった(ともにp<0.001)
・平均TFIは、0-4歳(5/5モデル)、4-7歳(4/5モデル)、7-11歳(5/5モデル)で有意に低かった

④疾患ごとに見ると…
・固形腫瘍はS/T、TFIともに有意な差なし
・中枢系腫瘍は0-4歳と4-7歳でS/T、TFIが有意に低下
・血液がん患者は4-7歳でS/T、TFIとも有意に低下
・血液疾患は0-4歳でS/T、TFIとも有意に低下

⑤各疾患群の年齢層ごとの最も進んだgerm cellの発生段階
・対照群では7-11歳で精母細胞(spermatocyte)が出現しているのに対し
・血液疾患群では11-14歳の段階でもspermatogonia止まりでした

考察

今回の結果より、対照と比較してがん患者の男児では精原細胞が減少しており、疾患依存性があることが示されました。とくに中枢系腫瘍と血液疾患がもっとも影響を受けることがわかりました。
その理由は、
・固形がんでは腫瘍が下垂体や生殖腺から離れていることが多いことから影響を受けにくいこと
・中枢系腫瘍ではHPG axisの影響を受け、精巣機能が低下する可能性があること
・血液がんでは炎症性サイトカインや標的臓器への酸素・栄養輸送障害など全身的影響を受けること
・血液疾患患者では、鎌状赤血球患者の性的成熟の遅れ(HPG axisの障害、精子形成因子産生低下、血管閉塞)が関連、かつHU剤投与による精子形成障害
が挙げられます。HU剤の影響についてはさらなる研究が必要

この研究の強みは、0-4歳、4-7歳のがん患者男児の精巣では、対照と比較して精原細胞が減少していることを明らかにしたはじめての研究でした。
リミテーションは、倫理的理由から健常男児の精巣組織を採取できずシミュレーションにより仮想対照群を設けたこととサブグループごとのサンプルサイズが小さいことでした。

コメント

以前の我々の研究でも、精巣腫瘍以外のがん患者の精液所見が不良であることを示しましたが、特に思春期前男児の精巣組織に関して、これだけよく調べられた研究はなかなか見ないですね。精通前で射精困難、または射精できても無精子症の場合はoncoTESEで精子回収を試みることが多いですが、やはり疾患や年齢によっては精子形成が進行しておらず精子回収が困難であることがこの研究からよくわかりました!

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