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“Trump card"を持っておく~抗菌薬の経静脈内投与が困難な時~



経静脈的な抗菌薬投与の継続が困難な状況

在宅、あるいは末梢静脈確保が困難な状況において、経静脈的抗菌薬投与を継続することには様々なジレンマが存在します。

そもそも抗菌薬治療の適応かどうか

以前ブログでも取り上げましたが、疾患終末期あるいは老衰とされうる状況において、感染症に対する抗菌薬投与を続けるべきかどうかは有益か無益かをきちんと考える必要があります。そもそも抗菌薬をどうするか以上にケアのゴールを再設定したり、十分な緩和治療を提供することが重要です。
ガイドラインで示されなかった、その先へ 終末期の感染症

静脈路確保が可能か、適応があるか

骨・関節、あるいは軟部組織感染症では特に長期間の経静脈的抗菌薬投与が必要になることがあります。
通院あるいは在宅で経静脈的抗菌薬投与を継続する方法として、外来静注抗菌薬療法(OPAT:outpatient parenteral antimicrobial therapy)があります。
長期留置が可能なPICC(末梢挿入型中心静脈.カテーテル)やミッドラインカテーテルが選択されることが多いです。本邦ではなかなか普及していない(手間というより本邦の医療環境では患者側のメリットが少ないことが大きな障壁であるように思います。自己注射や介助者による注射ができれば楽ですが。)ですが、率先してOPATに取り組んでいる亀田総合病院の前向き観察研究が報告されています。
Review of the first comprehensive outpatient parenteral antimicrobial therapy program in a tertiary care hospital in Japan. (Int J Infect Dis, 2020. PMID: 32205285)
治療として特定の抗菌薬(基本的には狭域である必要がある)が長期に必要である場合にPICC等を挿入・管理を行うことは適切ですが、末梢静脈路確保が困難であるという理由のみで長期に静脈路を確保しておくことはデメリットも多いです。そこで“奥の手(Trump card)”を持っておくと治療選択肢が広がります。
一方で、不必要な長期間の抗菌薬投与を行わないように注意が必要かもしれません。

非静脈内投与

経口抗菌薬は選択できないか

経口ないし経管投与への早期スイッチが可能かどうかはすべての症例で検討すべきです。
経口スイッチ可能な条件については様々研究がありますが、最も重要なことは「ソースコントロールができていること」です。このため、上述した通り、感染巣への十分な介入が困難な骨・関節、軟部感染症では長期間の経静脈的抗菌薬投与が必要となります(無理やり経口スイッチも不可能ではないのですが、しばしば不要な広域抗菌薬を長期に使用することになり、有害事象が無視できません)。
こうした場合、経口薬に求められる要素としては以下の3つがあります。
1)バイオアベイラビリティが高い
2)投与回数が少ない
3)なるべく狭域であること

1)2)を満たす薬剤は複数あり、キノロン、テトラサイクリン、ST合剤、リネゾリドが代表例ですが、リネゾリドをのぞき、いずれも広域スペクトラムを有しています。
キノロンの中でもシプロフロキサシンであれば、概ねグラム陰性桿菌のみをターゲットとしているので尿路感染症では選択しやすいかもしれません。
またST合剤は皮疹、薬物相互作用、高K血症など、特に高齢者において使用しにくい有害事象を有しています。ただ概ねセフトリアキソンと同様のスペクトラムを有しており、症例を限定して使用すれば呼吸器感染症から尿路感染症など幅広く応用が可能です。腎機能障害の有無や併用薬が明らかであり、かつ比較的短期間の使用(〜7日程度)で有害事象の観察が可能であれば十分に戦力になる薬です。
テトラサイクリンやST合剤はESBL産生菌に対しても感受性を残していることが多く、繰り返す抗菌薬暴露のある症例でも使用可能なことがあります。尿への移行が良くないことから忌避されがちなテトラサイクリンですが、きちんと尿がドレナージされている状況であれば十分治療可能であると考えています(このあたりは経験則です)。
いずれにしても多くの使いやすい経口抗菌薬はスペクトラムが広域であるため、臨床状況や患者の予後、希望など総合して使用を判断すべきだと思います(安易に選択しない)。

抗菌薬の筋注・皮下注射

筋肉内注射が可能な抗菌薬として
・ペニシリン系(ビクシリン、ビクリシンS、ピペラシリン)
・セフェム系(セファゾリン、セフォチアム、セフォタキシム、セフメタゾール)
・イミペネム/シラスタチン
・アズトレオナム
・アミノグリコシド系
・クリンダマイシン
などがあります。
連日、1日に何度も筋注を行うことは現実的でなく、あえて今筋注を選択することは多くないかもしれません(特にβラクタム系抗菌薬)。ただ、アミノグリコシドは現在でも結核や非結核性抗酸菌症の治療で筋注を選択する場面はあります。尿路感染症であればアミノグリコシドを選択することも可能かと思いますが慣れないと選択しにくいですね。
逆に腎機能障害がある症例でβラクタム系抗菌薬を24時間毎に静脈内投与する場合と筋注する場合ではPK/PD上そこまで差がないことが想定されますので、奥の手として持っておいてよいかもしれません。
(あるいは適応外であることを承知した上でセフトリアキソンを選択するなど)

添付文書上皮下注射が記載されている抗菌薬はありませんが、複数の抗菌薬が経験的に使用されています。
以下のレビューでも経静脈投与との比較研究があることからセフトリアキソン、テイコプラニン、エルタペネム(本邦未発売)は安全に投与可能と考えられており、その他、セフェピム、ホスホマイシン、ピペラシリン/タゾバクタム、アンピシリン、メトロニダゾールについて報告があるようです。
Subcutaneously administered antibiotics: a review. (J Antimicrob Chemother, 2022. PMID: 36374566)
テイコプラニンも使用できますが、原則TDMが必要であり、選択できる状況はあまり多くないでしょう(点滴→皮下注に変更して、TDMを行い、在宅へ移行するなど)。現実的に皮下投与を検討できるのはセフトリアキソンのみではないでしょうか。「CTRX 1-2g/生食50ml 1時間かけて皮下投与」といったレジメンを選択します。炎症や浮腫がある部位には皮下投与できないので、全身浮腫がある場合などすべての症例で安全/効果的に選択できるとは限りません。

いずれの手法もあくまで代替手段ですので、
1)最良治療が可能かどうか
2)ケアのゴールはどこにあるのか
を十分に検討し、安易に選択しないこと(医療者の安心のために抗菌薬を投与する、リソースがないことを言い訳にしすぎること、など)が重要ではないかと思います。
また不必要な長期使用も慎んでいただきたいですね。

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