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脂肪乳剤の適応

 少し前に話題になっていたこともあり、今一度簡単にまとめてみることにしました(なるべく難しいことは抜きに)。


脂肪製剤とは?

 三大栄養素といえば、炭水化物、タンパク質、そして脂肪ですね。脂肪乳剤とはこのうち脂肪の補充を目的とした点滴製剤です。現在本邦で使用可能なのはイントラリポス®️(10%、20%、大塚製薬)のみです。大豆油を主成分としており、これに乳化剤としてレンチンが含まれています。脂肪酸の多くはリノール酸というn-6系多価不飽和脂肪酸です。リノール酸の代謝物が炎症を惹起するなど生体にとってあまり良くない生理活性をもっているため、重症例への投与や長期使用に対して懸念があります。一方で海外にはn-3系を多く含む製剤、中鎖脂肪酸を含むものがあるそうです。ただ製剤の違いがどの程度臨床的に意味のある差になるのかは良くわかりません(そもそも本法ではえらべないのですが)。

 添付文書上の適応は「術前・術後、急性・慢性消化器疾患、消耗性疾患、熱傷、外傷、長期にわたる意識不明状態時の栄養補給」となっています。
過剰・急速投与は高トリグリセリド血症を引き起こすため、0.1g/kg/h以下、一日2g/kg以下での投与が推奨されています。
アレルギー、アナフィラキシーのリスクがあること、重篤な肝障害、血液凝固障害、脂質異常症、ケトーシスを伴った糖尿病などは禁忌となっていることも押さえておきましょう。

適応その1:エネルギー補充(静脈栄養)

 「If the gut works,use it !」のスローガンに代表されるように、通常重症患者でも経腸栄養を優先します。また必ずしも超早期に必要カロリーを満たすように栄養投与する必要はなく(permissive underfeeding)、(時に少量の静脈栄養を併用しながら)経腸栄養からのカロリー投与を増やしていきますので、急性期診療で脂肪乳剤を使用することは少ないです。

 ではどのような場合にエネルギー補充を目的とした脂肪乳剤を使用するかというと、以下の2つにわけられます。
1)腸管が使えない
2)腸管が使えるが、カロリーが不十分

1)腸管が使えない
 腹部手術の周術期や消化管閉塞などは、通常一定期間で腸管が使用できるようになる(腸瘻の作成を含めて)ため、全例が脂肪製剤を含めた完全静脈栄養の適応になるわけではないです。

2)腸管が使えるが、カロリーが不十分
 経腸栄養または経口摂取ができるけど、必要なカロリーを摂取するのが難しい場合と言われると想像しにくいかもしれません。
・熱傷や褥瘡など創傷治癒のために十分なカロリーが必要だが、経口摂取量が少ない
・誤嚥性肺炎の初期で嚥下リハビリを行いながら徐々に経口摂取量を増やすタイミング

などは好例だと思います(特に消耗性疾患やるいそう患者では、次の「必須脂肪酸の補充」も重要な目的です)。
 こうした患者さんたちに経鼻胃管を挿入してある程度強制的に栄養療法を行うことは可能ですが、自己抜去やその予防のための不要な抑制が増えることや、経鼻胃管が嚥下に与える影響を考えると全例に行うことは適切でないと考えます。嚥下機能を維持しながらもリハビリや治癒を促進するために経口摂取に加えて、少量のアミノ酸輸液と脂肪乳剤を使用することはリハビリテーション栄養の観点からも重要な取り組みであると思います。
(この辺りはもっと良質なevidenceを集積していく必要があると思いますが)

適応その2:必須脂肪酸の補充

 必須脂肪酸欠乏(脱毛、皮膚炎、血小板減少など)が成人に認められることは稀と考えられますが、長期に不足する可能性がある場合(=元々少ない+消費亢進)ではタイミングを見ながら脂肪乳剤の開始を検討してもよいでしょう。
 元々るいそうがある患者や長期に経口摂取量が低下している患者が、感染症や熱傷などの消耗性疾患を発症した場合、もちろんまず経口・経腸栄養を優先すべきです。ただそれが難しい場合には脂肪乳剤の使用も考えるべきです。
・Refeeding syndrome高リスク(神経性やせ症など)患者で経鼻胃管の使用が難しい
・短腸症候群で長期間の成分栄養を行なっている場合+消費亢進

などが好例と考えます。

 脂肪乳剤の基本的な考え方として、①経口・経腸栄養ができない、または不十分、かつ②元々低栄養or長期に栄養が困難、な場合が適応になります。積極的に使用する症例は比較的稀であり、大規模evidenceというよりは患者毎に適応を検討する個別化医療の側面が大きいと思います。

適応その3:番外編 脂溶性薬物中毒

○局所麻酔薬中毒
 ブピバカインなどの局所麻酔薬は末梢神経のNa+チャネルを遮断することにより局所麻酔作用を示しますが、血中濃度が上昇した場合には全身、特に中枢、それに続く心臓のNa+チャネルに作用することで痙攣、低血圧、難治性不整脈を誘発し最悪心停止に至ります。
 脂肪乳剤は詳細な機序がまだ不明ながらも(少なくとも脂溶性薬物の血管内への再取り込み促進は関連するかも。いわゆるlipid sink理論)、心肺停止例などの重篤な局所麻酔薬中毒に対する治療報告(特にACLS、通常の心肺蘇生法に不応だった症例)が複数存在します(PMID: 35777259)。
使用する場合は1.5ml/kg(最大100ml)を1分以上かけてボーラス投与し、その後0.25ml/kg/分で持続投与します(PMID: 37721023)。

○他の脂溶性薬物中毒
 三環系抗うつ薬や抗精神病薬など脂溶性の高い薬剤による中毒に対して脂肪乳剤治療による恩恵が得られるかどうかは不明確ですが、これらの薬剤による難治性心停止(通常の蘇生治療が奏効しない)では脂肪乳剤の投与を検討してもよいとされています。


<参考>
本邦ではまずはこちらから
Mindsガイドラインライブラリ 静脈経腸栄養ガイドライン 第3版 
日本静脈経腸栄養学会

https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0180/G0000654

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