でかすぎる

ただの一面青い水溜りであれば、あるいは、緑深い山間の湖であれば水面も凪いでいたものを。地球は熱的に死んでおらず、大気にはダイナミクスがあり、すなわち風があり、それが海を大いに掻き乱していた。

波はその塩気と勢いで海岸を削る。その為に我々はテトラポットを置いてそれを防ぐ。知ってか知らずか波は威風堂々とそれにぶち当たり派手な飛沫をあげる。そうして岸は物理的に守られるも景観としては無惨なものとなる。しかし、それこそが人類と自然の鍔迫り合い、ダイナミクスだ。

海にはすべてのものと、それらの織りなす壮大な物語が在る。我々の祖先はそんな大きな水面の奥底からやってきたらしい。


俺は境目が気になった。海と俺たちのいる「地」の境目だ。海が粉々にした「地」、普通「浜」と呼ぶだろうか。サラサラして、それでいてかすかに足元に粘り、サンダルに落ちる過程が心地よい。

ふと手を滑り込ませる。海はなんとも言わない。だが俺が這いつくばり、舌でその冷たいザラッとした浜筋をなぞると少し風が吹いた。

四つん這いのまま舌を滑らせながら亀のように進む。興が乗ってきて自分の亀もまろびだし、潮が満ちて柔らかくなった浜筋に突き刺す。そのまま浜筋にスケベな弧を描く。それはもう地図に載るくらい描いた。グーグルマップなら映る。軍事機密上の要請がなければ。

エッチな亀さんとなった俺は龍宮城なんてどこ吹く風でひたすら浜筋にペン入れしていく。一転黒々とした海はさっきから鳴り放題、時化に時化て漁師はしけた顔をしかけた。

そのとき、雷鳴は轟いた。それは俺を貫いた。空は笑っていた。海は泣き、引き潮は俺の亡骸を優しく引き込んだ。大陸棚まで手を引いて、そこで俺は漂った。大陸棚は海の中にありながら大陸で、棚なので品揃えが良かった。

棚からゲータレードを飲む。その寸前に目が醒めた俺は涙に濡れた顔を百均のタオルで拭いて、海まで走った。海は相変わらずそこにあった。俺は、這いつくばって嗚咽した。薄灰がかった空は笑っていた。海は、死んでしまっていた。

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