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🅼の臨床推理日記 ❹歩くと肩甲骨の間が痛い!

守屋 徹

1. 問題の始まり

「歩くと肩甲骨の間が痛くなるんです....」、と訴える保育士の女性Cさんがみえた。

Cさんは次のように訴えた。
Cさん 「1か月ほど前に園児を抱いていて左脇腹に痛みが出たんです。保育士という仕事柄、子供たちを抱き上げたりすることが多いいので、からだに負担がかかったのかな..、と思っていました」

🅼 「そうだろうね。無理もかさむよネ。でもそれって日常的なものなんでしょう。同じようなことが度々起こるの?」
Cさん 「あちこち痛んだりすることはよくあるんだけど、そのうち忘れてしまうから...。でも、今回はちょっと今までと違う感じになって....」
🅼 「ほう...、どう違ったの?」
Cさん 「左の脇腹の痛みは、そのうち軽くなって...、そうですね、重苦しさが残っている感じです。そのうち首や肩に痛みを感じるようになって、最近では....、一週間前くらいからでしょうかね、歩くと肩甲骨の間のところが痛むんです」

患者さん自身の思い当たることは、「労働による身体的負荷」ということになるのだろう。
が、それは保育士の職業上での日常的な問題でもあるわけで、今回の症状との直接的な因果関係は....、となると疑問が残る。
そこで、実際に歩行による再現性を試みた。

Cさん 「はい、歩くと痛くなります。肩甲骨の間のところです。どちらかといえば、やや右側が強めの感じかかなぁ~」
🅼 「じゃぁ、今度は椅子に腰かけて、歩くように両手を交互に振ってみて...」
Cさん 「これでは痛まないですね....」

歩行の運動連鎖から、先ずは歩行の連動に関わる筋肉の力(MMT)を調べてみた。
筋力の低下が見られた筋;大腿筋膜張筋(両側↓)、大胸筋鎖骨部(左↓)、広背筋(右↓)、ハムストリング(右↓)
可能性の高い問題は、「筋筋膜の連鎖」の障害だろうと思われる。
歩行テスト(Gait testing)を行う。
肩関節屈筋群と対側股関節屈筋群が抑制反応(弱化)が起こる。クロスパターンの異常である。

大腿筋膜張筋が両側で低下しているが、この筋は歩行の補助筋として働いている筋である。
だから大腿筋膜張筋の両側の低下は、今回の主要な問題ではないのだろう。
そこに四肢の関節可動性の問題が関与しているのだろうか。
でも、関節の可動性に関わる異常な動きは見当たらない。

2. 傾聴から何が見えたか

そこで「傾聴」という手法を用いてローカライズする探索を試みた。
「傾聴」とは、オステオパシーの手法の中から発展した技法である。
身体内部は皮膚によってブラインドされている。だから内部を触診することは極めて困難である。そのため表層から施術者の感覚を伸ばして体内に入り込み、そこから組織の停滞感や緊張を感じとるのだ。
この診たての技法は術者の熟練度によって必ずしも一様ではない。いわば「アート」である。
どうしても徒手治療には、「アート」の部分を切り離せないのであるが....。その部分を説明するのも難題だ。

さて、その傾聴によると「脾臓」と「上行結腸」、特に「盲部」に停滞感を感じるのである。
おそらく最初の右わき腹の痛みは、脾臓の膜の緊張によるものだろう。
そこで問題部位の確実性と限局化のために、体表から当該部位に刺激を加えると、身体反応がどうなるかを調べる。
うまくヒットした。

ここで内臓の名称が出てきたからと言って、内臓の疾患というわけではない。
内臓からの関連痛は多々報告されているところではあるが、脾臓や肝臓が直接的に関連痛を起こすなんて考えにくい。
おそらく内臓の膜の緊張による連鎖なのだろう。

そうなると、先に行った「筋力テストの結果」あるいは「歩行による肩甲間部の痛み」は、あくまでも「現象」にすぎない。
潜象」は、脾臓と上行結腸や盲部との連動したファシア(Fascia)の影響と思われる。

3.「ファシア」とは、なに?

ファシアは、近年よく見聞きするようになった用語であるが、確定された定義はまだない。
邦訳もないので、「Fasia(ファシア)、ラテン語では結びつけるの意味」と呼ぶのが倣いになっているようだ。
なにしろ西洋医学では、ほとんど無視された存在でもある。

簡単に言ってしまえば、「膜組織の総称」とも言えようか。
だが単に「組織学的・形態学的」に捉えるべきではない、とする主張がある。彼らは「機能や感覚器」としてのファシアの役割を主張する。そうなると組織形態としての「膜組織」というにとどまらない。
感覚器を持った「システム系」となれば、人体最大級の膜系の臓器となる。
いまでは、その定義化に向けて専門者間ですり合わせている段階なのだろう。

それはともかくとして、鍼灸理論に出てくる「経絡や経穴」もファシアの中にあると確信する研究者や医師も出てきた。
閃く経絡」の著者でダニエル・キーソン(英)という救急医療の専門医もそのひとりである。そのうえキーソン医師は、中医学と鍼灸治療の学位を持つ。「閃く経絡」は実に刺激的な著書でもある。

そんなわけで、推理・推論としては「ファシア-経絡-筋運動」を関連づけた方が興味深い。

カイロプラクティックに、アプライドキネシオロジー(応用運動学/AK)の概念と治療法がある。
それを経絡と関連付けると、次のような筋機能の問題が浮かび上がる。
あくまでも経験則による関連マニュアルのひとつだ。

脾経=大胸筋鎖骨部、広背筋、内側広筋、上腕三頭筋
大腸系=大腿筋膜張筋、大腿二頭筋
この筋機能関連は、Cさんの筋力テストに重なる。

4. 推理・推論

確信を得たので治療を行った。
脾臓と上行結腸(盲部)に手掌接触し、トルクを加えながらファシアのリリースを行う。
終えて傾聴してみると、うまく停滞部位がリリースされたようだ。
再び筋力テストを行うと大腿筋膜張筋もハムストリングも広背筋も...正常になった。
歩行のクロスパターンも正常パターンになった。

🅼 「Cさん、歩いてみて....、どう?」
Cさん 「アレッ! 痛くないですね!、何だったんですか?」
🅼 「具合が悪くなったころ、お腹を壊しませんでした? 大腸を覆っている膜の緊張がありましたから」
Cさん 「そうなんですよ! 冷たいものを食べたり、冷えたりするとお腹を壊すんです」
🅼 「暑くて冷たいものが欲しいだろうけど、今は冷たいものは控えるようにした方がいいね」

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