心をからっぽにする方法

なにも考えたくない時、私はアイロンをかける。

まずスイッチをいれて、温まるまでの間に衣類を集める。ハンガーに吊るした家族のシャツ、ハンカチ、それぞれ数枚。他にもないかと探すけれど、だいたいいつもこんなもの。会社を辞めてから、自分のシャツというものはほとんどなくなった。

スチームがしゅんしゅんしてきたら、台に一枚ずつそれらを広げてアイロンを滑らせていく。アイロンが通ったあとの布が四隅までぴしっと平らなのをみると、心がすっとする。ハンカチの上半分をかけて、まだシワが残っている下半分と比べて、はいこんなにぴしっとなりましたねと思うのも好き。

シャツは、いつも難しい。襟、前身ごろ、後ろ身ごろ、袖、最後にもう一回襟。シワがとれやすいシャツと、とれにくいシャツがある。急いでいる時はつい後回しにするけれど、無心になりたい時に、シワのとれにくいシャツほど相性のよいものはない。きりふきも使って、根気よく向き合う。スチームを増量、噴射して、ゆっくり、少しずつ。

手を動かせば動かすほど、心は無になる。仕事のメールで気になった言葉、冷蔵庫の中身、明日の朝ごはん、人を傷つけた日、嘘をついた夜、Twitterのタイムライン、明日出すゴミ、来週久しぶりに会う人との待ち合わせ場所、遅れているLINEの返信、忘れたことにしたいあれこれ。

頭に詰め込まれたまま、順書なく唐突に浮かんで主張してくるいろんなものごとが、その時ふっと消えていく。朝も昼もいいけれど、夜にやると一段といい(気がする)。

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