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村川千秋=山響、魂のシベリウス       <MYCL-00045 CDライナーノート>


2023年1月1日90歳を迎えた山響、創立名誉指揮者 村川千秋

村川千秋=山響、魂のシベリウス

                    音楽ジャーナリスト 岩野裕一

 近年、これほどまでにリリースが待望されていたCDがあっただろうか―。
 2023年1月1日に90歳の誕生日を迎えた指揮者・村川千秋が、自ら創設した山形交響楽団(山響)と奏でたシベリウスの交響曲第3番と、「カレリア組曲」、「フィンランディア」をカップリングしたこのCDは、一世紀を超えるわが国のプロ・オーケストラ史において、最も稀有で、幸福な実例として、永く記憶されるに違いない。

 およそ日本のオーケストラの歴史というものは、あえて誤解を恐れずに言えば、創立者のもとにメンバーが集まり、苦難を乗り越えて活動がようやく軌道に乗りはじめると、いつのまにか音楽面や経済面での不満が募り、楽団員が結束して創立者から主導権を奪おうとする、その闘いの繰り返しであった。
 古くは日本交響楽協会を立ち上げた山田耕作を筆頭に、新交響楽団(現在のNHK交響楽団)から追われた近衞秀麿や、戦後に生まれた全国各地のオーケストラにおいても、こうした例は枚挙にいとまがない。
 93歳で亡くなるまで、半世紀以上にわたって大阪フィルを率いた朝比奈隆という巨人は例外中の例外で、創立者(その多くは指揮者である)と楽団員の関係が悪化していくのは、ある意味ではやむを得ない一面もあった。なぜなら、オーケストラは年月を重ねるごとに多くの指揮者と接し、音楽的に目覚めていくからだ。子がいつしか親を超えていくように、成長した楽団が生みの親では飽き足らなくなったとき、創立者には何らかの名誉職的なポストが与えられて次第に疎遠になっていくか、最悪の場合は訣別することすらあった。
 それだけに、半世紀以上も前に山響を創設した村川がいまなお健在で、創立名誉指揮者として楽団員の尊敬を一身に集めつつ、定期的に指揮台に迎えられてみずみずしい音楽を聴かせてくれることは、私たち聴衆にとっても、おそらくは村川自身にとっても僥倖であり、こうした心ある楽団だからこそ、山響はいまや全国で最も注目されるオーケストラにまで成長することができたのではないだろうか。

 村川千秋は、1933(昭和8)年、山形県村山市に生まれた。戦後の混乱が残る高校時代、山形に来演した近衞秀麿の指揮する東宝交響楽団(現在の東京交響楽団)を聴いて衝撃を受け、音楽の道に進むことを決意。東京芸大器楽科、同作曲科を経て30歳で単身渡米して、インディアナ大学でチェロの堤剛らとともに音楽を学んだ。大巨匠レオポルド・ストコフスキーに師事するかたわら、シベリウスの娘婿だった指揮者のユッシ・ヤラスから直々にシベリウスの解釈を学んだことが、村川にとって音楽的な支柱となる。
 1966年に帰国したのち、いったんは東京で華々しく活躍するが、故郷の山形の子どもたちに本物の音楽を聴かせたい、との熱情から、72(昭和47)年に山形交響楽団を創設。当時はまだ仙台にもプロ・オーケストラがなかった時代であり、現在でもなおプロ楽団(日本オーケストラ連盟正会員)の本拠地としては最も人口の少ない山形の地にあって、村川の熱意が地域の人たちを動かし、わずか7名の正団員から始まった山響は、多大な困難を乗り越えてこの地にしっかりと根を下ろしていった。
 長らく音楽監督・正指揮者・常任指揮者を歴任した村川は、北国である山形の自然や風土、忍耐強い人々の人間性をフィンランドに重ね合わせ、シベリウスの音楽をライフワークとしてきた。そして、1995年から毎年1月の定期演奏会でシベリウスの交響曲を1曲ずつ取り上げ、7年がかりで全曲演奏を成し遂げたのち、2001年には創立名誉指揮者となって第一線を退く。その後は渡部勝彦、黒岩英臣、飯森範親、阪哲朗に楽団の成長を託して、自身は長らく主宰してきた子どものための弦楽器教室「キラキラ会」での音楽教育に力を注いできた。
 楽団40周年を祝う2012年12月の第225回定期演奏会では、畏友・堤剛とのドヴォルザーク「チェロ協奏曲」とシベリウスの交響曲第2番の感動的な演奏で健在ぶりを示し、その後もオーケストラとの絆を保ってきたが、創立50周年を記念した2022年度には、4月の第300回記念定期演奏会でシベリウスの「カレリア組曲」と「交響詩フィンランディア」を指揮、翌23年1月の特別演奏会では、ほぼ10年ぶりに山響と交響曲に挑んだのである。

2023年1月「90歳を迎える巨匠”村川千秋のシベリウス”」

 村川が選んだ第3番は、シベリウスの交響曲の中でも地味な存在であり、なぜあえてこの曲を祝祭の場で、との思いも当初はあったのだが、客席でその響きに触れた瞬間、疑問は氷解した。なにより音が生命力に満ち溢れており、ホールの中にいるのに、目の前には山形の高い峰がそびえ、緑が萌える木々のあいだを涼やかな風が吹き抜けていったのだ―。
 若き日のシベリウスは、交響曲第1番と第2番の成功で世界的な名声を勝ち得たものの、都会の華やかな生活に心を病み、豊かな自然に囲まれた「アイノラ」と呼んだ山小屋に移住して創作意欲を取り戻し、この交響曲第3番を書き上げたと言われる。考えてみれば、東京を離れて郷里の山形にオーケストラを根付かせ、半世紀をかけて大輪の花を咲かせた村川にとって、これほどふさわしい選曲はなかったと言っても過言ではない。
 村川によれば、日本人の多くはシベリウスの音楽を暗く重々しいものと受け止めがちだが、もっと情熱的でエネルギッシュな音楽であることをユッシ・ヤラスから学んだという。90歳の老人とは思えない、明るく、力強く、前向きな村川の音楽づくりは、日本的なシベリウス像を書き換えるものであり、マエストロを敬愛する山響メンバーによって、山形の大地をも感じさせるような、このコンビにしか成しえないシベリウスが奏でられたのである。
 なお、この日の前半には、常任指揮者・阪哲朗のチェンバロ、辻彩奈のソロ・ヴァイオリンでヴィヴァルディの『四季』が演奏されたのだが、一見ちぐはぐなようなこの2曲を続けて聴くと、村川と山形交響楽団のシベリウスはまさしく『山形の四季』を描いたかのようであり、この両者の歩みに思いを馳せればなお感慨深いものだった。このときホールに集った聴衆だけでなく、オーケストラのメンバーにとっても生涯忘れ難いものとなったに違いなく、その感動はディスクからも充分に伝わってくるはずだ。
 余白に収められた「カレリア組曲」と「フィンランディア」においても、村川のシベリウス解釈は一貫しており、充実した響きでありながら決して重苦しくならず、人生と自然を肯定する喜びと優しさに満ちている。

 山形交響楽団に人生を賭けた村川千秋の畢生の名盤が、マエストロの90歳を祝う年に生まれたことに心から感謝すると共に、これからも指揮台に立ち、ぜひ山響ともう一度、シベリウス全交響曲チクルスを成し遂げてほしいと夢見ずにはいられない。

※MYCL-00045 CDブックレットにて掲載

収録曲&録音

村川千秋(指揮) 山形交響楽団

 シベリウス:交響曲 第3番 ハ長調 作品52
       カレリア組曲 作品11
       交響詩「フィンランディア」作品26

2022年4月16ー17日 山形テレサホール(カレリア組曲、フィンランディア)
2023年1月15日 やまぎん県民ホール 大ホール(交響曲) にてライヴ収録
<DXD352.8kHz レコーディング>

2023年9月22日リリース MClassicsレーベル 
品番:MYCL-00045 SACDハイブリッド盤

「シベリウス:交響曲第3番、カレリア組曲、フィンランディア」(MYCL-00045)

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Staff

Producer,Recording Director & Balance Engineer: Keiji Ono
Photo: Yamagata Symphony Orchestra
Artwork Design: Shoko Okada

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