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【命を戴いているということ】

喜寿を迎えた私の母。
普段はちょいと天然で
おかしな人なのだけれど。

たまーに
ホントごくごくたまに。
すっごく深いことを言うのですよ。

先日。

何かの話の流れでなった
食品ロスの話題。

その時
母がこんな話をしてくれたの。

「もったいない。とか
 命を戴いているんだ。とか
 地球に優しくない。とか
 そんなことを
 ただ並べられても
 きっと食べ残しは減らないわよ。

 本当に命を戴いているって
 実感しなきゃ無理だと思うのよ。」

そう言うと
自分の幼い時の出来事を
話し出した母。

母の幼い頃は
まだ戦争の爪痕が残る
貧しい時代。

そんな中
母の生家では数羽のにわとりを
飼育していたのだそう。

母はそのにわとりに名前も付けて
可愛がっていたのだけれど。

ある日
学校から帰ってくると
小屋ににわとりの姿は無くて。

不思議に思い
裏庭へと探しに行くと

衝撃の光景が
母の目に飛び込んできたんだって。

そこにあったのは、、、

首をはねられ
毛をむしり取られ
逆さまに吊るされていた
にわとりたちの変わり果てた姿と
父(私の祖父)の後ろ姿。


たしかに。
衝撃的な光景よね💧

小学生ながらに
そのにわとりは
自分が可愛がっていたにわとりだと
直感的に認識した母。
それをしたのが自分の父だとも気がついた。

「お父ちゃん⁉️
 何てことするの⁉️」

咄嗟に叫んだ母。

すると。
お父ちゃん(私の祖父)は
たった一言。
こう言ったんだって。

「食べるんだよ」

生まれて初めて
自分の父親をキライになりそうだったそう。

翌日の夜。

たくさんの鶏肉料理が並んだ
母の生家の食卓。

食べることなど出来ないと
口を真一文字に結んで
座っていた母に
お父ちゃんは「食え」という。

「食べられない‼」と言った母。

しばらく
親子の押し問答が続いた。

けれど…

「いい匂いがするのよ。
 美味しそうないい匂いがするの。
 当時はまだまだ食料不足で
 いつもお腹を空かせていたしね。

 結局。その誘惑には勝てなくて。
 お母さんね、食べたのよ。
 
 それがね。美味しいの。
 涙が出るくらい美味しかったのよ。

 いろんな意味で泣きながら
 ずっと泣きながら
 その鶏肉をお腹いっぱい食べたの。」

そんな母に
お父ちゃんはこう言ったんだそう。

「命を戴いて俺たちは
 生かしてもらっているんだ。

 なぁ。
 
 食べ物を粗末になんか出来ないだろ?
 絶対出来ないだろう?

 忘れるなよ。」


70年も前の出来事。
でも。
その時のことは
鮮明に覚えていると言った母。

「年寄りはうるさく言うでしょ?
 
 「食べ物を粗末にするな」って。

 あれはね。
 知ってるからなのよ。
 お腹がすいてすいて
 仕方がなかった頃をね。
 
 自分が生き抜くために
 食べることに必死だったから
 ムダにするなんて出来ないのよ。

 今の時代。
 それは出来ないけれど。

 本当にムダを無くしたいなら
 命を戴いているという実感を
 もたせてあげる教育が必要かもね。」

そうかもしれない。と思う。

豊かで便利な時代だからこそ
そういう教育を
もう一度考えてみる必要があるのかもしれない。

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