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8 香港デモに対するある中国人の見方

ここまで香港で起こっているデモや民主化運動について、香港人の声を拾ってきた。

香港問題=中港問題であるので、もう一方の側からの声も拾っておく必要があると思った。

しかしながら当然限界がある。

中国人の友人は何人かいるものの、相応にリベラルな人でなければこの話題を振ることができない。

また、中国政府は経済成長を促進することで市民を政治から話題を遠ざけようとしているので、中国人は政治のことについて話さないように教育されている。相応の教育を受けている人でないとそもそも知識が無いので回答することができない。

ということでリベラルかつ高等教育を受けている人、インタビューを頼んだのは現在深圳(シンセン)に住むハナだった。

ハナは中国内陸部で生まれ、地元の大学を卒業後、イギリスの大学院で修士号を取得、香港の外資系企業で最初の職を得た後、現在は深圳のベンチャー企業等でPR活動を請け負っている。

英語を理解し、海外でも教育を受け、外資系で働いていたということ、現在は中国で最も世界に近い場所ともいえる深圳で生活しているということで、彼女の考えはおそらく中国人平均からはかなり離れていると考えられる。

とはいえ、中国側からの見方として紹介してみたい。

まず香港の動向についてほとんどの中国人は「あんまり関心が無い」のが正直なところで、みんなせいぜい「なんだか大変そうだな」程度にしか認識していないそうだ。

「そもそもそういった政治的なことは日常で話題にならないし、中国系のメディアでは取り上げることも多くはないから。取り上げたとしても香港で暴動が起きて何人逮捕されましたとかそれくらい。どういう背景で具体的にどういうことが起こっているのかということは伝えられない、少なくとも中国語の情報では。」

中国では政府がメディアやインターネットの世界を統制していて、中国政府に不利な情報は発信することができないし、ネットでは金盾(グレートファイヤーウォール)と呼ばれる検閲システムが働いている。

海外のTVを中国で見ていて、中国に不都合な報道が始まったとたん画面がブラックアウトしてしまうことなどは誰でも一度は聞いたことがあるだろう。

インターネットを見れば、中国国内の通信からはグーグルやアップル、フェイスブックやラインなど中国政府が認めていないところへは接続ができないようになっている。

また五毛党と呼ばれる工作員たちが中国政府や共産党に不利な情報をネットからひたすら削除するとともに、反対に政府や共産党を持ち上げる情報を書き込んでいる。

これをすり抜けるためにVPNを使い海外のサーバーを迂回することで中国政府にブロックされている情報源にアクセスする人も多いが、ある程度外国語がわかったり、一定程度ITに強くないとそこまでして外部の情報にアクセスしようとはしないだろう。

中国政府もVPNへの統制を強めつつあり、これまで使えたVPNが使えなくなったり、状態が不安定になることが多くなっている。

「私も地元の友達はフェイスブックやツイッターのアカウントもないし、当然海外のニュースなんかも見ないでしょう。そうすれば、例えばずっとウェイボー(微博、中国のツイッターのようなもの)からニュースを見ているとしたら、それは特定の枠の中だけのニュースを見続けることになるよね。」

中国政府としては香港の市民が自由や民主主義を求めて立ち上がっているなどというニュースは中国国民に届けたくはないので、「暴徒が暴れまわっているが、共産党の指導で導く必要があるor導いた結果状態が改善された」というニュースに作り変えられて伝えられることになる。

「ただし、中国語情報にしか触れない人が香港を嫌いかというと決してそういうわけじゃないよ。ある地元の友人は外国語もわからないし、海外に住んだ経験もなくて、中国語のそれこそウェイボーしか見てないけど、香港のことは大好きだから。

私自身は香港で働いていたこともあるし、香港のことは好き。でも香港と中国を往復している電車の中で、中国人と香港人のけんかに遭遇したこともあるから、いろんな考えの人がいることは自明なことだと思う。」

中国人に対し、香港へのマルチタイムビザが認められた2000年代以降、香港で商品を購入しそのまま中国大陸へ戻り、転売、もしくは店舗へ納品して稼ぐ人たちで香港人の生活環境は圧迫され、香港人は国境を越えて転売を行う彼らをイナゴとよんで度々衝突が起きてきた。

中国の人が言う「香港が好き」なのは、「香港の文化や自然が好き」なのか「香港で売っている物が好き」なのかは注意して区別しないといけない。仮に後者であれば、香港を巨大なショッピングモールとしてとらえているだけに過ぎないからだ。

ハナは香港で働いていたので当然香港の友人も多く、そんな友人たちは香港のデモの状況などを丁寧に逐次ハナまで伝えていたらしい。

だからハナ自身は香港がどういう状況かということを良く理解をしている。

しかし中国において一般的に香港への関心が高くないのは、単に政治的な理由だけではないようだ。

深圳は香港と国境を接していて中国の中で一番香港に近い場所。深圳が中国の中で経済特区とされた頃には香港との深いパイプを活かして経済成長していくことが望まれた。

しかし世界経済の変動の中で状況は変わってくる。

「深圳は中国の中のシリコンバレーのような場所。アメリカでITを学んだ多くの技術者などもアメリカのシリコンバレーから直接深圳にどんどん帰ってきている。ヨーロッパからもたくさんの人が自身のアイデアを形にしようと深圳にやってきて起業している。そういった状況の中で、中国の国内市場がとても大きくなっているから、ビジネスとしてもちろんまず中国国内があるし、その次はアメリカとかヨーロッパ。人口が伸びているアジア諸国も入ってくる。それで一方の香港はというと、私はPRとして働いているのでプロモーションにかかる費用にはなるけど、香港向けの予算は少ないのが本当のところなの。」

最後に「アメリカとのビジネスは国家間の緊張もあって難しいところもあるけどね」と付け足すことを忘れなかったが、香港の地盤低下がここでも現実の体験として語られることとなった。

海外の経験や思想に親しんでいるハナ自身は中国にいて息苦しさを感じないのだろうか。

「今すぐにというわけではないけれど、結婚して子供が生まれたら海外に移住したいと思ってる。中国の愛国教育はやっぱり子供の教育として良くないと思うから。選挙権が欲しいとか民主主義の世界で生きたいとか、そういった理由ではないかな。この点で見れば、私も政治に関心を持たない中国人ということになるね。」

当然ハナ自身も中国国内で愛国教育を受けて育ってきたわけで、そのころから違和感を感じていたのか、海外に出てそう思ったのか、聞いてみたかったけれど、これを聞いてしまうとインタビュー自体が誘導になってしまうような気がして、聞くのをやめた。

ニュースなどでデモ中に中国からの旅行者がインタビューされ「こんな大変な状況だとは知らなかった」という場面が報じられたりするが、それは彼らが特別ニュースに無関心な層なのではなく、中国国内にいるとそれだけ外の情報を(正確に)把握できないということの証左でもある。

これに中国人の香港に対する無関心が拍車をかけているということだと思う。





今日も香港の状況は刻一刻と変わっています。そんな状況の深層を理解できるような基礎知識を得られる記事を目指しています。皆様からのサポートは執筆の励みになります。どうもありがとうございました