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11 香港と広東語について【香港の言語事情】

今や香港と言えば広東語と言われ、文章なども広東語で書く事例が多くなっています。

特に若い世代はSNSなどで広東語使用にこだわっている様子も見られます。

ここでは香港の言語面に注目して、いくつかの観点から香港の言語環境について見てみたいと思います。

香港人の出身地別のサブエスニシティ

香港は元来人々が流れている場所ですので、様々な地方出身の人たちがいて、彼らはその出身地域の方言を母語として持っています。

中国東南部では特に小さな地域ごとに方言があり、言語環境が複雑な地域です。

状況としては、この山と向かいの山では言語が違い、それぞれの山の一定数は両方の言語を話せるバイリンガル、といったようなものです。

香港の中の中華系人口をグループ分けするとすれば、広東語系を話す本地人、客家語系を話す客家人、潮州語系を話す潮州人が多くを占めます。

このように一つの中華系というエスニシティの下にサブグループとして分かれているより小規模のグループをサブエスニシティと呼びます。

華僑の多い東南アジアでも状況は同じであり、一括りに中華系とまとめられることの多い華僑ですが、その出身地別のサブエスニシティにより異なった文化背景を持っています。

香港のサブエスニシティについては、戦前であればそれぞれ居住地域や職業などに特徴も見られ、判別することも可能でしたが、戦後香港が急速に発展していく中で都市に吸収され、現在では自分のルーツがどこにあるかということはあまり意識されません。

上記の主要3グループの中でも、継続して最大の流入元であり続けた珠江デルタ地域で話されていた標準広東語が香港における共通語の地位を築きます。


急増する普通話使用者

近年急増しているのが中国で共通語とされている普通話の話者です。

毎日150人の大陸からの移民を受け入れ、1997年の返還からの20年間で150万人もの規模に達した新中国系住民は一大普通話グループを形成しました。香港の全人口はおよそ700万人超です。

また、香港人の間にも普通話の運用能力が高まっています。

返還以降の香港の教育では日本の国語にあたる教科「中国語文」を広東語で行ってきました。

中国語では言文一致がされていませんので、人々が普段話している話し言葉と文書などを記述する際に使う書き言葉には乖離があり、「中国語文」は書き言葉を習う教科です。

従来は広東語で「中国語文」の授業を行い、それとは別に普通話(話し言葉)の授業が行われていました。

2008年以降、「中国語文」教育の言語として普通話を適用する学校を支援する政策を開始しました。

現在では3分の2以上の小中学校が「中国語文」を普通話にて行っていると言われています。

この背景にはいくつかの要因があります。

中国政府としては返還後の香港は当然中国の一部であるので、中国国民として普通話の運用能力を高めてほしいという思いがあります。

返還後に香港に移民してきた新中華系の子どもたちとしては、馴染みのある普通話の方が授業にストレスなくついていくことができます。

就職を考える人からは、中国とのビジネスが拡大する中、普通話の運用能力は重要です。

様々な思惑の中で普通話による教育が行われています。

といっても人口の90%ほどは広東語を常用言語としていますので、香港における広東語の地位が揺らぐことはないでしょう。

一方、英語についても、調査などによれば微増ではありますが英語を非常用言語とする人の割合も増えていますので、引き続き香港における英語の地位も保たれていると言えます。

これは「両文三語」政策という香港政府が掲げる方針がうまくいっていることを示しています。

両文とは書き言葉の中文と英文、三語とは広東語、普通話、英語です。


広東語への回帰

広東語は話し言葉ですので、言文一致されていない中華文化圏においては広東語を書くということはありません。

実際はいくつかの工夫の上で書くことは可能なのですが、広東語で文章を書くと丁寧な言い方をすればカジュアルな印象、言葉を選ばずに言えば幼稚であったり、下品な印象を与えます。

日本語でも話し言葉でそのまま学校の作文を書くと先生に怒られますが、広東語でそれをやると先生の怒りがもっともっとになると思ってください。

ですが近年はフェイスブックやツイッターなどのSNSの浸透もあり、広東語で記載することがある種アイデンティティの表示方法として機能している側面があります。

特に、2014年の雨傘革命以降、香港人としてのアイデンティティを強くした若者の中には、文章を書くときに広東語にこだわって表記することも多くなっています。

実際は返還前であっても香港の書き言葉はあくまで中文であったので、広東語の主張があまりに行き過ぎると排他主義にもなりかねませんが、現在のレベルで見れば、香港人のアイデンティティとしての広東語がより一層認知された、という状況ではないでしょうか。

今日も香港の状況は刻一刻と変わっています。そんな状況の深層を理解できるような基礎知識を得られる記事を目指しています。皆様からのサポートは執筆の励みになります。どうもありがとうございました