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夜な夜なTSUTAYA徘徊女が勧めるdvd達㉟

今、日比谷で屋外での映画をやっていたのでこの寒い中、独りで見てきた。

天海祐希も孤独だった。
吉永小百合は孤独だけど孤独じゃなかった。

監督の挨拶で、孤独を楽しんでほしい〜的なこと言ってた。
2人とも、私も、あなたも、みんな孤独に死んでいくし、孤独に生きていく。

いい映画だったな〜
屋外でこの寒い中、2時間座りっぱなしの影響で、電車に揺られている今も腰が若干違和感を感じているんだけど、その痛みを許せるほどの映画だったし何より月が綺麗だった。

会いたい人にちゃんと会いたい。
言いたいことをちゃんと言いたい。
好きな人に好きと言いたい。
やりたいことを思いっきりやりたい。
当たり前のことに感謝したい。

常にいい人でありたいと思ってはいるのだけど、悪魔みたいな自分がたまにいるのも事実で、それでも私は聖人ではないから、そういうときもある、と自分に言い聞かせここまできた。

誰かを傷つけながら、申し訳ないと思いながら、もう2度としないと思いながらも、また繰り返すし、また傷つける。
そうやって成長していきたい。その途中で死にたい。

墓場にお金を持って行けない。
物は持って行けない。
感情は持っていけるのか。
この肉体だけなのか。
肉体と精神は一緒なのか。
死んだら私はどこへ行くのか。
なぜ人は死ぬのか。
みんな死ななければいいのに。

まだそんなことしか考えられない自分と、誰かが死んで、誰かが生まれていることがこの地球のルールだと分かっている、理解しようとしている自分がいる。

たまに考える。なんなんだ?人間って。
この地球に生まれて、もしかしたら、私たちは人間と言ってはいるけど、普通に地球目線から見ると動物で、少し偉そうにしている動物なのかもしれない。

人を好きになることも不思議。
なぜ彼なのか。なぜ彼に触れたくなるのか。
家族の死は私は受け入れられるのか。
家族ってなぜあんなにも繋がりあっているのか。
なぜ家族を殺すのか。


そんな答えの出ない疑問は寝たら忘れます。
答えはありません。
答えを見つけようと、決めつけようと、しなくていいのかもしれません。
それでも私は何者で、何がしたくて、何のためにこの地球に生まれたのかを知りたくなるときがある。
知ったところで、結局行動するか、しないかが問題で、では知らなくても、やるべきことをきちんと行動できる人に私はなりたい。尊敬したい。

自分を尊敬できる人になりたい。
それでも、常に謙虚でありたい。
自信を持ちながら謙虚であり続けることって難しいと思うんだけど、それでも、いつも他人が幸せを作ってくれることは忘れないようにしたい。

思っていること、大切にしていることは幾つもあるんだけど、それをいつも持ち歩くことはできなくて、日常のふとしたときに改めて、何度も気付かされる。
だから、なるべく外に出て行動し、家で本を読んだりし、何かを得る。
疲れたときだけゆっくり休む。何もしない。ただ寝る。

明日も仕事。明後日も仕事。
あの仕事だけじゃやってけない。
他の仕事を増やさなきゃ。
言ってるだけじゃいけない。
行動しろ。その前によく考えろ。
でも自分の欲は満たせ。
あまり考えすぎるな。

好きに生きろ。
でも犯罪は犯すな。
孤独を愛せ。
結局孤独だ。
それでも人をも愛せ。

この意味不明な生まれた地球にもう生まれたんだからしょうがない。
なぜ生まれたのかなんて考えても答えは出ない。
考えたいだけなら考えろ、それでも答えは出ない。
多摩川が綺麗だな。
あなたも私ももうすでに生きている。
私は23年間生きている。

立派にやっているぞ。だらしないところもあるけれど、もう少し、自分に厳しく、もう少しだけ自分を大切にしよう。

っていう長い脳内での自分自身との会話を文章にしてみた。
この映画良かったです。
腰痛い。たまには変わったこともしてみるもんだな。こんな映画を見たからこんな脳内会議をしてしまった。こんなことをしながらわたしは今日も風呂入って歯磨いて寝て、この会議のことは忘れる。

偉そうにしている人間が全くマヌケでどうしようもないことも忘れる。

忘れる幸せもあると願いながら今日も寝る。

お休みなさい。

あちゃちゃちゃちゃ〜。