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【考察】Netflixで学ぶ行動経済学

こんにちは、白山鳩です! クルッポゥ!

「世の中のこういうことは、この知識でこう説明できるのかあ」というのを軽く書けると楽しいなあと思い、記事を書いています。


さて、今回は、
Netflixで学ぶ行動経済学
について書いていきます。

1つの記事あたり、だいたい5分で読めますので、お気軽にスクロールしてみてください!


まずは、Netflixの契約画面を見てみましょう

2024年の正月、
「どうしてもサンクチュアリが見たい」
という妻の声に押されて、Netflixに加入することになりました。

サンクチュアリをご存じない方は、ぜひ画像検索してください。
絶対に想像もつかない番組の画像に繋がります。


さて、さっそくNetflixと契約してみましょう。

以下のキャプチャー画像は、Netflixの画面から遷移したものです。

※2024年1月4日確認


①まず、アカウントの設定をして……


②アカウント作成(※アドレスとパスワードは隠しています)


③プランを選択


はやい! 簡単! すぐ見られる!
なんて便利なNetflix! サンクチュアリ最高!


……しかし、読者のみなさん、お気づきだろうか。
ここには、Netflixの用意した、数々の行動経済学の応用が隠されていることを……。



次に、行動経済学に関する知識を見てみましょう


さて、行動経済学という学問があります。
定義はこんな内容。

行動経済学とは何かについて研究者の間でも一致した定義があるわけではないが、
人は実際にどのように行動するのか、
なぜそうするのか、
その行動の結果として何が生じるのか
といったテーマに取り組む経済学であると言ってよい。

友野典男(2006)『行動経済学~経済は「感情」で動いている~」光文社新書


人がなぜそのような選択や行動をするのかを説明してくれる学問、という感じですね。

さて、この行動経済学から紹介したい概念がいくつかあります。

現状維持バイアス

まずは、現状維持バイアスです。

現状維持バイアスとは「惰性」のおしゃれな言い方である。
人はいくつもの理由から、
現状を維持するか、
デフォルトの選択肢にしたがう強い傾向を示す。
(中略)
デフォルトの選択肢がどのようなものであるかに関係なく、
大勢の人がデフォルトのままにすることを示す調査結果がある。

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン、遠藤真美訳(2022)『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』日経BP


例えば、
「私はこの会社の広告を受け取ります」
という項目に最初からチェックボックスが入っていて、
そのままメールが届いてしまうアレです。


他には、
「A」「B」「C」の選択肢の中で、最初から「A」が選ばれていると、
その内容のいい悪いに関係なく、人は「A」を選択肢がち
というアレです。


おとり効果

次に紹介するのは、おとり効果です。

アリエリー(2013)は、雑誌『エコノミスト』のウェブサイトでの次のような選択肢を紹介している。

(1)ウェブ版だけの購読(59ドル)
(2)印刷版だけの購読(125ドル)
(3)印刷版とウェブ版のセット購読(125ドル)

ダン・アリエリー、熊谷淳子訳(2013)『予想どおりに不合理』早川書房

こうやって見ると、
(2)の印刷版だけの購読より、
同じ値段でウェブ版も見られちゃう(3)が断然オトクです。

しかし、もし印刷版だけという選択肢
(ここからは、もっともな理由もあって、「おとり」と呼ぶことにする)
のせいで、判断が影響されているとしたらどうだろう。
つまり、選択肢からおとりをはずして、次のような広告にしたらどうなるだろう?

ダン・アリエリー、熊谷淳子訳(2013)『予想どおりに不合理』早川書房

すると、次のような広告だけになります。

(1)ウェブ版だけの購読(59ドル)
(2)印刷版とウェブ版のセット購読(125ドル)

その結果、実験に参加した被験者は、
最初の実験では100人中84人が「印刷版とウェブ版のセット購読」を選んでいたのに、
次の実験では100人中32人しか「印刷版とウェブ版のセット購読」を選ばなかったそうです(アリエリー:2013)


あるいは、ちょっといいレストランの「松竹梅」のプランで、
一番高い「松」のコースが嘘みたいに高くて
でも、せっかくのレストランで一番安い「梅」もなんだかなあと思い、
結局、普段なら出さない料金なのについつい「竹」を買っちゃうアレも、
おとり効果です。


アンカリング

最期に紹介するのがアンカリングです。
アンカーとは、船のいかりのことです。
船を停留させておくために、ぶら下げておくアレです。

ある未知の数値を見積もる前に何らかの特定の数値を示されると、この効果が起きる。
これは、実験心理学の分野ではきわめて信頼度と頑健性の高い結果で、あなたの見積もりはその特定の数値の近くにとどまったまま、どうしても離れることができない
これが、アンカー(錨)と名付けられた所以である。

ダニエル・カーネマン、村井章子訳(2012)『ファスト&スロー 下』早川書房

カーネマン(2012)は次のような例を示します。
・「ガンジーは亡くなったとき114歳以上だったか」と聞かれたときの方が、「35歳以上だったか」と聞かれたときよりも、高い年齢を答える
・同じ住宅でも、提示価格が低いときより高いときのほうが、立派な家に見えてしまう

ダニエル・カーネマン、村井章子訳(2012)『ファスト&スロー 下』早川書房


このような、生活大百科に載せたくなるあるある現象を集めたのが行動経済学というわけです。


ここで、もう一度Netflixの契約画面を見てみましょう

さて、最初に見たNetflixの契約画面を振り返ります。

希望しない……?

……お気づきになられましたでしょうか。


……チェックを入れないと、キャンペーン案内メールが届くデフォルト設定になっているではありませんか!

しかも巧妙なのが、
「キャンペーン案内メールを希望しない
という文面になっていることです。

普段、我々は、
「キャンペーン案内メールを希望する
チェックが入っているデフォルト設定をよく見かけます。
なので我々は、チェックの付いている選択肢を警戒します。

裏を返せば、チェックの付いていない選択肢は警戒されにくいはずです!

(あと、なんとなく、
 「チェックを付ける」作業の方が、
 「チェックを外す」作業よりも面倒くさい感じがして、
 ついためらわれる気もします)


ぴったりのプランをお選びください……?

お気づきになられましたでしょうか。

……一番高いプランがデフォルトになってる!


しかも、このプレミアム……
いや、これはあくまで個人的な偏見ですが……
そんなにいいプランですかね?

上から、「値段」「画質」「解像度」「いろんな機種での視聴」「ダウンロードできるデバイス」が違います

「高い」「最高」ですよ?
なんかよく分からん「1080p」と「4K+HDR」ですよ?
全部同じチェックマークが付いているんですよ?
そんなにいろんなデバイスにダウンロードしますか?

(まあ、何人分ものデバイスにダウンロードする必要が出てくる家族世代に対しては、有無を言わさずプレミアムを選ばせに掛かっている、という見方もできますが……)


うーん……、これ、「プレミアム」が松竹梅的なおとりになってませんか?

だって、「プレミアム」が無かったら……。


この2つの選択肢で、スタンダード、選びたくなりますか?


しかも、既にNetflix会員だった場合……

さて、このNetflixの金額は、2022年11月4日に変更となったようです(孫引きですみません)。

※2024年1月4日確認

これまでは一番安いベーシックプランが990円だったのが、
「広告付きでよければ200円安くなる!」
という触れ込みがあったようです。

しかし、みなさん、もう一度考えてみてください。


たしかに、
この2つだけを、
しかも初めて見た人なら、
700円安く半額に近い「広告つきスタンダード」を選ぶかもしれません。

一方で、多くの人はこれまでもNetflixに入っていた人です。
しかも、「990円で広告のない快適な動画視聴」がアンカリングとなっていた人たちです。

こんな人たちが、
「200円安くして広告付き動画」を選ぶか、
500円追加して、従来のサービス」を選ぶか……。

初めてサービスを利用する人は、参照する金額が無いのに対し、
これまでサービスを利用している人は、参照する金額が「990円」なわけです!


Netflix……行動経済学を使い倒していると思いませんか?

これには、とうとう血を吐くほどの驚きでした……。


ちなみに、セイラー他(2022)は、「スラッジ」という造語を用いて、こんな記述をしています。

ここでは「スラッジ」という言葉を、
「選択アーキテクチャーの要素のうち、選択をする当人の利益になるような結果を得にくくする摩擦や障害を生むすべての側面」
を意味するものとして使う。
(中略)
選択アーキテクトのなかには意図的にスラッジを組み込む人もいる。
アーキテクト自身にとっての目標を達成するため、選択のプロセスに摩擦や障害を加えるのだ。
定期購読を解約する手続きを難しくすることがその例である。
(中略)
オンラインで人びとを操る(そしてそこからお金を吸い上げる)慣行
「ダークパターン」
と呼ばれる。
そのなかにはスラッジがカウントされるものもある。
ある種の料金が発生するのを避けようとすると、大きな摩擦や障害が生じるからだ。

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン、遠藤真美訳(2022)『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』日経BP


今回のNetflixの一連の仕組みがスラッジとまで言うつもりはありません。
(画質がどうこうとかは、明らかに鳩の偏見ですし……)

何を言いたいかと言うと、
「オンライン上で、企業は様々な行動経済学の知見を活用している」
そして、
「ユーザー側にも行動経済学の知見があれば、冷静に選択肢を見ることができる」
ということです。




参考資料

・ダニエル・カーネマン、村井章子訳(2012)『ファスト&スロー 下』早川書房
・ダン・アリエリー、熊谷淳子訳(2013)『予想どおりに不合理』早川書房
・友野典男(2006)『行動経済学~経済は「感情」で動いている~」光文社新書
・リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン、遠藤真美訳(2022)『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』日経BP

・挿入マンガ:横山光輝『三国志』(潮出版社)

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