1111①

これは小説です。登場人物は全員、実際には存在しません。
私が頭を整理するために書いています。不謹慎な小説なので、嫌な人は読まないでください。
登場人物やエピソードは全て嘘です。本当に起こったことではありません。


宗田が死んだ。金曜日だった。
「お世話かけるかもしれません。」
あ、これはやったな、とツイートを見た瞬間に思った。

 火曜日の晩に、宗田は私の家に泊まった。泊まる予定を事前に聞いていなかったから、私は慌てて簡単な食事の用意をする。まずはすぐに炊けるからタイ米をフライパンで炊き、昼に食して余っていたベトナム料理を温める。きゅうりのぬか漬けと、それから温かいルイボスティーを淹れ、少し遅めの夕食を摂った。その後も、風呂を沸かして順番に風呂に入り、24時に更新されるWEB漫画『マリッジトキシン』をお互いにスマホで読む。相席食堂を見るなどしてしばらくダラダラしていたが、つけっぱなしのTVからくだらない恋愛バラエティーが駄々洩れになっていることに気づくと、消灯して眠りについた。
 水曜の朝がくる。私は、顔を洗うと、ラテンピアノのレコードに針を落とし、キッチンに立つ。セロリを斜め切りしてごま油とナンプラーで炒めたもの、九州産小麦粉と重曹、赤卵、少しの砂糖と牛乳でイチからホットケーキを焼いて、金木犀のシロップとホイップクリームとバターを添えたもの。くし切りのイチジクと生ハムにハーブソルトとオリーブオイルをたっぷりかけたサラダも一緒に用意する。たっぷりとイングリッシュティーを淹れる。そうしていると、我が家に泊まる人間は誰でも、匂いにつられてゆっくりと覚醒し台所にやってくるのを私は知っていた。
 その日もそうして朝食の用意をしていると、宗田がのそのそと起きてきて、椅子に座り、ゆっくりと朝ごはんを食べ始めたのだった。
 宗田はセロリやパクチーといった香草が好きで、その日もセロリの炒め物を美味しい美味しいとたくさん食べた。宗田は、一口ごとに美味しい美味しいと言って食べるので、私は奴に食事を作ってやるのがとても好きだった。気にしなくてもいいはずの見た目を持っているのに、いや、持っているが故なのか、奴は自分の美醜を気にする人間だった。そんな好みを慮り、私はいつも、野菜と蛋白質をたくさん食べられるが脂は少なく、満足度の高い料理をいろいろと提供した。しかしやはり宗田が一等好きなのはセロリで、昔作ってやったセロリをナンプラーで浅漬けにしたものなど、目の前にある皿からすべて消えるまで箸が止まらない様子だったのを覚えている。
水曜日は、昼過ぎまで一緒だった。

金曜未明のツイートに気づく。18時12分に気づいた、1時58分のツイート。気付くまでにずいぶんと時間がかかった。でも、"まさかそんな"とは思わなかった。そのくらい、いつ来てもおかしくない状況ではあった。そして私がその状況を止めることはできないことも知っていた。私ができることと言えばせいぜい、いつか来るその日までやりたいことをたくさんさせて、楽しい思いをたくさんさせて気を紛らわせてやることだけだった。

なぜその日、私はこのツイートに気づくのが遅れたのだろう。私は宗田のツイートが更新されると即時通知されるように設定していた。そうやって、宗田の情緒の機微に敏感に気付けるようにしてきたつもりだった。それなのにその日は、すぐにツイートに気づけないでいたのだ。もっと言うと、私はその日の前日、いつもよりずいぶん早く眠ってしまっていた。私が眠った後に来た宗田の連絡に気づかず、朝になってスタンプを送った。その日に限って、いつもよりずいぶん早く寝たのだ。スタンプには今も既読がついていなかった。
 後からならどんな風にも言えるものだが、私が偶然早く寝てしまったことやツイートの通知に気づかなかったことが、なんだか、人には"存在のエアポケット”のような場所に入る瞬間があるのかもしれない、というふうに感じられた。その瞬間だけ、宗田の存在がその穴に入って見えなくなってしまっていたような、そんな感覚がした。

 ツイートに気づいたとき、”まさかそんな”とは思わなかった。直前まで様子が変わらなかったことなど、奴の衝動に一切関係がないのは知っている。これは、この瞬間は、ずっと覚悟していたものだった。
 18時12分。ツイートを見て私の背筋が凍る。やってるな。これはやってる。でもその時点ではまだ、さすがにまだ、助けられると思っていた。その時、私は家で別の友人たちと映画を観ていた。そしてそのあと23時から仕事もあった。どんどん冷えていく頭のてっぺんと背筋の感覚に気づかないふりをしながら、私はまず一旦、友人達や本人も所属するグループにその投稿を張り付けて相談する。18時14分。「ねえこれ大丈夫?」「宗田~おーい」

「ねえみんな、これそうやろ、多分なんかやってるぞ」「21時まで連絡がつかなければ、警察に通報するね、前連絡つかなかった時もそうしたから」言いながら私の予感はどんどん強くなる。まだ、何もわからなけど、でもこれは、やってる。21時。宗田の自宅に、私より先に向かえる友人が到着した。その友人と私は通話を繋げたままで、友人に私の代わりに行動してもらう。
 ドア、開かない。ピンポン、反応無し。ドアの向こうから、警報機の音。ほらやっぱりやってるやんそれは。予感が確信に代わり、震えてがくがくする私の手。現地で対応してもらっている電話口の友人に私の動揺を感染させてしまうわけにはいくまいと、私は次々と煙草に火をつけた。我が家で一緒に映画を観ていた友人は、突如始まった私の鬼気迫るやり取りに明らかに戸惑っていた。彼らに声をかける。「たぶん、やってんねん。ねえ、お願いやねんけど、このまま二人が帰って一人になるとこわいから帰らんとって」不安げにこちらをうかがいつつ、了承してくれた二人に感謝した。

ああ、これはガチだな。そうか。そうなんだな。と感じていた。うなじがスーッと冷えていく。何ができる?この状況に必要な行動は何だ?
「110番通報するのを大家さんが嫌がってるの?それなら、駅前の交番に歩いて行って、直接相談しよう。」「君は、絶対に現場を見ないように。少し離れて、大家さんにそばで一緒に居てもらうようにして。」「私は状況が見えたらすぐにタクシーでそっちに向かう。」23時からの仕事はすでに、緊急事態ということで代わってもらっていた。
 そうして宗田は部屋にいた。部屋から救急車に担ぎ込まれる宗田。電話で対応する私にその姿はもちろん見えない。大きな声と、サイレンの音、がさがさ、がさがさ、という電話口のノイズしか聴こえなかった。そのとき現地に居た友人にも、その姿は見えなかったらしい。友人の電話口から、警察の自己紹介の声が聞こえる。搬送先が見つかるまでの間、救急車の中で処置され待機する宗田。その間に電話で通報に至るまでの経緯を、警察に事情説明した。
 宗田が病院に連れていかれた。消防隊と救急隊は帰ったと、電話口で友人が言う。○○救急病院。よし、病院に向かわなくては。
宗田がやっぱり頑張るようなら、私はそばに居なくては。

アプリでタクシーを手配し、車内に乗り込む。
「とりあえず南に真っすぐで。行先は・・・」
携帯の通知音。
表示されたのは、だめでした、の文字。
ああ。
ああ。
ああ。あかんかったか。成功かあ。
「えと、・・・行先は、〇〇駅の〇〇町にお願いします。マンションです」
「緊急事態っぽいですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ・・・友人が事故に遭ってしまったみたいで」
「それはそれは。40分ほどかかりますが、出来るだけ飛ばしますからね」
「ええ、安全運転でお願いしますね、私も事故に遭っては堪らない」
 もしいま病院に行っても、結局しばらくは会えないということだった。私の行先は、今も一人で友人が待つ、奴の自宅マンションになったのだった。

つづく


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