1111⑤

これはあくまで「小説」です。全部うそ。全部うそということも含めて、全部うそだよ。私の闘争です。
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両親が宿泊予定のホテルに着いた。
「やっぱりあれね、まゆちゃんみたいな派手派手な服を着て歩いてる人なんて、京都駅付近でもやっぱり見ないわよねえ」
ふと母親が軽口のようなニュアンスで話しかけてきた。そのまなざしがあの子をどれだけ傷つけてきたと思ってるんだ!!!私は、大きな声で、言いたかった。好きなお洋服を、誰にもしがらみなく好きなように着る。ただそれだけのことを、なぜこの女性はここまで否定し、世間体を笠に着て娘を糾弾するんだろう。かわいい服をかわいいと思って着ることが、どうしてそんなに否定されなければならないんだろう。この女性はなぜただそれだけのことを、犯罪のようにあげつらうんだろう・・・。もし、ロリータを着た誰かが街を歩いていても、きっと、やっぱりああいう格好は街中で浮くわね、とどちらにせよ否定したんだろう?死してなお、娘のロリータとしての生き様に文句を垂れているこの女性が、こういった考えを内面化して娘に強要しようとするその背景には一体、どんな家父長制の暴力が、いくつ積み重なっているんだろう・・・。
私は小さな声で「そうですね」と言った。論理的に反論する元気はもう残っていなかった。

ホテルは、インバウンド観光客需要に伴い、新しくできた外資系のビジネスホテルのようだった。チェックインはタブレットを使いセルフになっており、受付には英語が堪能そうなスタッフが控えている。ふと、エントランスを抜けた瞬間、宗田の父親の機嫌が少し悪くなったように私は感じた。直前まで私にも割かれていた父親の注意力が、今はすべてその受付スタッフたちに割かれている。なぜ?なんで緊張のような雰囲気を纏いはじめたのだ、この男は?
理由はすぐにわかった。要は、偏見なのだった。そのホテルの、英語が堪能そうなスタッフは欧米系の見た目ではなかった。おそらく東南アジアのどこかの国からやってきて働いている。父親は、私には到底信じられないことだが、その状況にも、そしてチェックインが苦手なタブレットセルフ操作であることにも苛立ちを覚えたようだった。
ぶつぶつと小言なのか文句なのかを言いながら、しかしスタッフに質問しようとはせずにタブレットの操作に手間取っている父親。横でそれを手伝う母親。しかし使い方のわからない割に、父親は母親に操作を譲ることは絶対にしなかった。あくまで自分が操作のイニシアチブは持っておきたいようだった。横からアドバイスする母親に父親が苛々した声で分かっとるわ、と返している。幾重にも重なった「父親」のプライドの高さに、私はまた吐き気を催す。
家父長制の呪い、家父長制の害、家父長制の犠牲…。見ていられない私はロビーのフリードリンクのコーヒーを手に取ると、外に出てまた煙草を吸った。
吸いながら、携帯を取り出し、あの子の一番大事な人のSNSに、何度目かのDMを送信した。どうしたら、彼に連絡ができるだろうか?一刻も早く、あの人に連絡を取らねばならない。このことをきっと、あの人はまだ知らない・・・。

ロビーに戻ると、両親はタブレット操作ミッションをクリアしてコーヒーを飲んでいた。同じテーブルに着席する。・・・帰りたい・・・。
「それでね、葬儀会社を探してほしいの」
母親が私に切り出した。家族葬、立地が良く、自死に理解のあるところ…
「え、私が全部、探して、選ぶんですか?」
私が?しかし、どうやらそのようだった。両親と合流してから何度目かの、”土地勘が無いから”を聞きながら、いくつかの葬儀会社の候補を出す。すぐに何社にも電話して、状況を説明する。葬儀会社の人も、喪主でもないし親戚でもない私からの電話に戸惑っていた。そりゃあそうだ。なんなんだ、なんなんだよこの状況は。
でももう自分の置かれた状況や、自分の感じている苦しみを後回しにするしかなかった。私の悲しみは全部後回し。両親に対する怒りの感情も、友人を失った悲しみも、目の前で繰り広げられている家父長制劇場への嫌悪も――父親は決して自分のコーヒーや水を自分で取りには行かなかった。母親が甲斐甲斐しくお代わりを汲んでは戻ってきて、父親の機嫌を取っていた――、もう、全ての情報に対して感情を殺した。後回し。シャットダウン。自分の心を動かさないようにして、ひたすら目の前のボールを打ち返すことに集中する。分裂した自我のうち、実務をこなすほうの私の行動によって葬儀会社が急速に決まった。1時間後にはホテルに担当者が打ち合わせと見積もりを持ってプレゼンしに来るらしい。
私はロビーに3人でいるのが嫌で、11月の寒風の下、ホテルの外でずっと煙草を吸いながら過ごした。友人たちに連絡を取りつつ、またあの人にDMで連絡を入れる。宗田の一番大事な人はSNSをあまり見ない人間だから、既読はまだ、ついていなかった。

小一時間後、葬儀会社の人間が2名現れた。ヒアリングをして見積もりを出し、納得いけばこの会社に、そうでなければ他の会社にしてもいいとは聞いていたのだが、他の会社にするにしてもその選定作業は私がするのだから、両親がこの会社で納得してくれたほうが私にとっては都合がよかった。全部私がお膳立てして、決裁は両親任せ。その判断はどう考えても両親が絶対なのである。どうして私は今、この二人の秘書…執事……奴隷、のように扱われているんだろう?どうしてこの二人は、謝ったり、感謝しこそすれ、その異常さに無自覚なんだろう?私が、あなたたちと同様、いやそれ以上に苦しいことを、なぜあなたたちは気づかないんだろう・・・?
そこにはやはりまた「家父長制の特権」があるのだなと思った。両親は腐っても家族、血縁なのだからと自分たちの特権を信じているようだった。この二人には今、「娘に自死で先立たれた両親」という無敵カードがあり、その無敵カードは、振りかざせばこれまでの関係性や行いを無視して最も優先されるべき地位に立てるもののようだった。当事者不在。私から見て、宗田の両親はなんだか結婚式の準備のような…、自分たちが主人公の時間が流れているように感じた。私の苦しみは結局これがすべてだった。

ねえ宗田、君がいないから、君の葬儀は両親が主人公になっていくよ。この場でいま私だけが、君が主人公の葬儀を望んでいる。出来るだけ、こいつらの思い通りにはさせないよ。君が生きてる時から君が話していた、君の死んだ後の話を、私はかなりの数覚えている。友人たちもみんな覚えている。それをできるだけ叶えてやらなくてはいけない。
それが私にとっての悲しみの救済、君の喪失の受容プロセスなんだな。これから数日間、私は主演・演出家不在の作品のプロデューサーをすることになったのだなと思った。
葬儀会社がこの会社に決まった。さあこれで劇場は押さえたぞ。
日程が決まった。明日は遺品整理。2日後通夜、3日後朝に出棺だ。
香典返しを決めた。個数も決めた。これが集客目標だな。
君に最期に会いたい人は全国に居るから、出来るだけ速やかに告知しなくちゃな。できるだけたくさんの友人を呼んで、スポンサー(両親)を驚かせてやろう。スポンサーはきみに友人が多いことを知らないから、香典返しの個数が笑いそうになるほど少なかった。余ったら返せるからって言って、私が数を決めてあげたよ。でもね、最終的には足りなくなったから追加したんだよ。君には本当に想像以上にたくさんの友人がいたんだ。そして君が飲みほした大量の錠剤のせいで、君の検死には長時間を要したから、その結果、想像以上の友人たちが、葬儀に間に合ったんだよ。

つづく

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