1111④

あ、""小説""ですよ!「小説」!!

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警察署の最寄り駅に着いた。その日、すでに病院での処置は終わり、あの子は警察署へと移送されていた。検死。胃の中にある大量の錠剤の成分を一つずつ検査して死因の確定要件を探るらしい。状況的には一酸化炭素中毒で間違いないのだが、変死扱いになるためこの行程が必須となるそうだ。錠剤の種類が豊富で、葬儀はすぐには執り行えないことが確定していた。
私は、当たり前のようにこの日、検死前の宗田の遺体と会えると思っていた。というか、一刻もはやく遺体と会いたかった。現実を受け止めて気持ちを切り替えないと。この先の怒涛の数日間、私はフル稼働しなくてはいけないのが目に見えていたからだ。宗田の両親との交渉や、ケア、その他のアテンドはどう考えても私の仕事だった。わかってはいたけど面倒くさすぎる。だから早くあの子の遺体を見て、しなくてはいけない現実と向き合いたいと思っていた。一目見れば、諦めて粛々と作業できると思った。

―――私は11日の晩に事件が起きるたった3日前、2022年11月8日の皆既月食の日に、彼女とめいいっぱいお洒落をして会ったばかりだった。お洒落お茶会。普段あまり着ない大好きな服を着て集まるお茶会。その日は月蝕をバックに彼女の一番新しく買ったALICE and the PIRATESのゴシックなお洋服のポートレートを撮ったのだ。BABY, THE STARS SHINE BRIGHTの姉妹ブランドにあたるALICE and the PIRATESは、ゴシックな印象ながらも流石はBABY, THE STARS SHINE BRIGHTの系譜といった、甘めなモチーフがところどころに用いられていて、黒を基調としていわゆる一般的なゴシックファッションに感じられる退廃の匂いは漂わせつつも、まるで海賊船のお姫様といった、高貴で少しふざけた印象のあるブランドだった。あくまで普段はピンクや白を着ているお姫様が黒を選ぶならこの服。といったような。そんな新しく買った黒い服を着て月蝕を携えた彼女の、月の光のような白い美しさは、私の新しく手に入れた4K画質の一眼レフカメラにたくさん納められていた。―――

一報を聞いてからは殆ど眠れておらず、今考えると食べ物もほとんど食べておらず(スポーツドリンクとスティックパンのようなものは口に入った)、私は満身創痍だった。歩く気力もなく、短い距離でもタクシーを捕まえる。この数日間でどんどんお金が飛んで行ったが、知らないふりをする。
現実が目の前からぺりぺりと剥落するかのように意識は朧に散漫としていて、それなのに目を瞑っても眠りに落ちることはできず、むしろドーパミンとアドレナリンで冴えきった耳に、外環境の騒音や人の話し声が突き刺さるようでとてもつらかった。午前中の電車は少し苛ついた人々の話し声が聞こえる。皮を剝がれ肉が丸出しになったような心に、それは少々刺激が強すぎた。
すっかりと集中力が落ちていた。意識はあったのに、降りるべき駅名をじっと眺めているだけでドアが閉まり、駅を一つ乗り過ごしてしまった。行き過ぎた駅で下車し、改めて反対側の電車に再度乗り込む。
正直、宗田の両親に会うのが本当に嫌だった。ここからまだ私の心は破壊されてしまうのか。宗田は両親を心底憎んでいた。私も、いくつものグロテスクなエピソードを聞いて、とてもじゃないけど仲良くはなれないと思っていた。だから私たちは結束して、モンスターが宗田を理解し支えてくれるように振る舞ってきた。端的に言うと、私は宗田本人とも話し合いながら、”とてもよくできた友人”として、宗田の母親が喜びそうな振る舞い、言動、そして母親本人を励ますようなことさえすることで、信頼されるようにしていたのである。宗田の最も身近な友人が、母親本人の気に入るような人物でいることで、母親の異常な過干渉を抑えるために。
それを…その状況を、面と向かって要求されるのか。もう相談する宗田本人はいないのに。一人で、話に聞いたあの二人と対峙し、ケアしてやらなくてはならないのか・・・どう考えても憂鬱過ぎる。
私だって、この衝撃的な事実をゆっくり噛みしめたかった。受け入れるには時間と沈黙が必要だ。
しかし、しかし、しかし、どう考えても私が動く必要があった。両親は宗田を完全に所有物として認識していたので、彼らに葬儀を任せると個人の遺志は絶対に考慮されないという確信があった。生前の宗田とも話していた。「うち、真言宗なので、家の葬式は絶対なんかゴツいゴリっとした葬式になると思うんですよ、それは仕方ないけど、でも私がしたい葬式ってものもあるから」

私がやるしかないんだよ。そのまま最後はぶっ倒れてもいい。私じゃせいぜい、最大でも過労で入院程度のもんだろう。体力あるし体を壊すまではいかないだろう。だいじょうぶ。だいじょうぶ。だいじょうぶだ。
まだ、涙は一向に出てこなかった。目の辺りには、涙の幽霊のような、泣きたい気持ちだけこびりついて熱くなっている感覚だけが漂っている。いつもならきっと、この熱い感覚と一緒に涙が出てきて、鼻の奥にも流れてきて、声が出て、頭痛がして、となるはずなのに。私の涙は焼き切れてしまったようだ。水の入っていないヤカンのように、目頭はかんかんと熱くなるばかりだった。

駅に降り少し待ち、両親と合流した。顔を合わせるのはこれが初めてだった。宗田本人から聞かされていた、これがあの子を追い詰めた狂った両親。湧き上がる嫌悪感を表現する元気もなかった私は、力なく笑いながら…いや笑えていたかはわからないが…とにかく、柔和な印象を与えられるように全力を使いながら挨拶をした。
「築地です。…この度はご愁傷さまでした。」
「母です~。いろいろありがとう~まゆがごめんね~ほんとにこんなことをしでかして・・・あ、こちらが父です」
「初めまして、父です。よろしくお願いします」
「はい、この度はよろしくお願いします。」
この時、散々聞いていたグロテスクなエピソードから想像していたよりは高圧的でも嫌悪感湧き上がるわけでもないことに、私は少し気を許してしまっていた。なんだ、話の通じる人たちじゃないか。それはそうだ、仕事のほうは立派なのだ、この二人は。
「ほな、早速ですが警察署に行きましょうか。」
「ああ、警察署には行っても、もうあなたは会えないのよ。私たちは本人確認をしてきたけど…気が悪いもんね…あれは…恐ろしかった」

「・・・え?え・・・え、じゃあ、なぜこの駅に待ち合わせをしたんですか・・・?」

「私たちは土地勘ないからわからないですから~!ごめんなさいね。今日はこの後、葬儀の段取りをつけなくちゃいけないと言われたの。業者とか、式場とか決めなさいって。それでね私たちは土地勘が無いから、葬儀会社選びから築地さんにも一緒にやってほしくって。」

会えないのか。私は。あの子と。まだ。会わないままで。始まるのか。事務作業が。いつ会えるんだ。式場なのか。式場まで会えなかったとして。じゃあ。そのまま。会ったらすぐに。次の日には焼いちゃうじゃないか。ねえ、あんたらが警察にお願いしてよ。あんたらがお願いしたら私だって会えるだろう絶対。ねえ。ねえ。なあ!!私のために無理してでも警察にお願いしてくれよ!!

「・・・・・・・・・・・・・・わかりました。・・・・・・えっと・・・じゃあ・・・・・・・・・とりあえずもうホテルに行きましょう」
3人でタクシーに乗り込み、ホテルを目指す。

つづく




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